貧困と裕福。 


これは、人類永遠のテーマだと思う。

ブログランキングを見ていたら、横の画像紹介の欄に、「貧困のない世界を創る」 ムハマド・ユヌス著という本が載っているのが目に留まった。

紹介されている方への、ブログへは、写真をクリックする事で、簡単に訪問する事が出来た。

それから、アマゾンへ飛んで、購入しようかなと思った。が、思いとどまり、このブログを書き始めた次第です。

本当の人類のゴールは、貧困のない世界だと思う。

しかし、それは、無理だと、思い始めてしまった。

少なくも、現在の資本主義、自由経済の下では、絶対がつくほどに無理だと思っている。

弱肉強食だからだ。

強者の元にお金は、弱者から吸い込まれていく。

強者は、そのお金を、あまり、弱者に還元しない。

多くのお金が強者の元に、滞ることになる。

2対8の法則も見出した人がいる。

これによれば、20%の金持ちが80%の富を占有する事は簡単に理解できる。

例えば、100万円あるとする。

100人いるとする。

20人の金持ちが、80万円を占有する。

80人の貧乏人は、20万円を分かち合う事になる。

つまり、金持ちは、一人、4万円。

貧乏人は、一人、2500円しかない。

一人の格差は16倍にもなる。

これが、ざっとした計算で解る。

言い換えれば、貧乏人が20万円の月給を手にした時、金持ちは320万の月給を手にする事になる。

現実には、この格差はもっとあると思う。

それは、2対8の法則でなくて、既に1対9になっているのかもしれない。

上記の条件をちなみに、1対9で計算してみると、

貧乏人が20万円の月給を手にした時、金持ちは約1620万円の給料を手にする事になる。

金持ちの月額収入は、貧乏人の81倍、つまり81か月分、つまり6年と9ヶ月働いてやっと同じ金額を稼ぐ事になる。

これで、稼ぎは同じになっても、金持ちの一ヶ月に要する生活費と、貧乏人の6年9ヶ月に要する生活費には、大きな差が出てくる。

金持ちの一ヶ月の生活費を100万円としよう。

貧乏人の生活費を、総て、蓄えなしで、生活費に当てたとしよう。

貧乏人の、6年9ヵ月後には、貯蓄はどうなるか。

当然貯蓄は出来ない、すなわち、貯蓄ゼロ。手元に一銭のお金も無い訳だ。

一方金持ちは、収入1620万−100万円=1520万円の蓄えが出来る。

一ヶ月1520万円の貯蓄に6年9ヶ月つまり、81ヶ月をかけると、答えは123120万円、つまり、12億3120万円の貯蓄が出来る事になる。

これが、貧乏人と金持ちの算数だと思う。

「貧困のない世界」、この理想は「金持ちのない世界」と同義語だと思う。

世界には、日本には、一定額のお金しかない。

つまり、金持ちを無くさない限り、貧乏人は、決して無くならない。


貧乏人に、夢を与え、にんじんをぶら下げて、その人が、金持ちになったとしよう。

それで、貧乏人が、一人減るかというと、そうは行かない、他の誰かが、貧乏人になるか、残った貧乏人が更に貧乏人になるかに、だけで、他に無い。


この構図は、人間が、社会を作り、お金を発明した時から、ひどくはなれ、平均化することは無かったと思う。

バブル前の日本における、一億総中流は、夢の又夢だったかもしれない。

それが、証拠に、資本主義世界最先端、世界一裕福な国、アメリカでも、貧富の差はひどくなるばかり、決して平均化、つまり、国民総中流家庭というのは、望めない。

夢の又夢でも、もう、望めない。

これが、資本主義のの現実であり、目先欲の市場経済の末路だと思う。


結論的には、お金持ちにはなれなくても、貧困だけは何とか免れたい。

これが、一般庶民のかすかな願いにも成ってきたと思う。

何故ならば、金持ちは、更に金持ちに邁進しているわけだから、

更に、世の中のお金は、お金持ちのところで滞り、循環が無くなる。

お金の循環が無くなれば、景気は落ち込む。

景気が悪くなれば、とばっちりは、貧乏人にくる。


ここまで、経済が来ると、個人の根性、努力では、120%頑張ったとしても、結果として残るものは、やってもやっても・・・、との感情と徒労感が大きくなる場合は多いと思う。

個人の努力と、根性で乗り切れるレベルは、既に、規制緩和と共に消え去ったと思う。

今では、金持ちの大舞台と化したと思う。

貧乏人の出る幕など、残ってはいないように思う。


ここでの政治への期待は、大きくなっていくと思う。

個人で出来ないレベルを、国が政府が如何にコントロールしてくれるか。

政府に何処まで、国民の多くの貧乏人に、チャンスを与えるシステムを構築してくれるか、の考えと、パワー、実行力があるか、だと思う。

お金を与えるのではなくて、チャンスを与える。

ばらまきは国民の質を低下させる。

小手先の政策ではいけない。

将来の日本国のありようを見据えた、収入の得方、労働のあり方を構築していかなければならないと思う。


今のまま、金持ちを放置すれば、工場は機械とロボットになり、事務所は、コンピュータになってしまうだろう。

口のついている人間は要らない。

文句をいううるさい人間も要らない。

へまをする、失敗をする、人間は要らない。

コンピュータもロボットも、機械も、何も文句も言わず、100%正確な仕事を、極めて短時間で仕上げてくれる。


10年前、マスコミは騒いでいた。

戦後のベビーブーマーが、退職する年になったら大変だ。

労働力の絶対数の激減化が起こる。

熟練工の確保が出来ない。

等々だった。

しかし、現実に起きた現象は、新卒者の有り余り現象。

新卒者の就職が無いという、前代未聞の現象となった。

退職者は過去最高の人数、新卒者は過去最低の人数。

この現実でも、人間は足らないどころか、逆に、要らなくたってしまった。

もし、少子化傾向でなければ、更に大量の未就労新卒者が排出されていることになっている。

無能にも政府は、未だ、小手先の対策しか講じてはいないように見える。


これで、貧困のない世界を創る事が可能かどうか。

繰り返すようだが、個人の努力の限界を超えていると思う。

運が良ければ、職にあり付け、運が悪ければ、無職にならされる。

求職と、求人のバランスが、とうの昔に崩れていても、政府に名案があるとは思えない。


マザーテレサは更に日本を評して、心の貧困が日本にはあると指摘した。

物質的な貧困と心の貧困が、どちらも、最悪の方向に向かっているとしか思えない。

心の貧困に関しても、政府は無力だと言いたい。

腹立ち紛れに、無能だとでもいいたい。

自殺者3万人超える年が、もう既に何年続いているのだろう。

危険があれば、そこに防護柵を作るのも一つの方法ではある。

しかし、お金をかけて、防護柵を作らなくても、危険だから行かないように教育できれば、事故は起こらない。

自殺にも、同じことが言える。

大事な事は、自殺したくなるような環境を改善する事だと思うが、経済優先、お金優先の社会は、心の痛みを最後まで放置する。

自殺者が3万人を毎年越えるという現実は、これもまた、個人の力を、既に、超えていると思う。


「貧困のない世界を創る」、この本をまだ読んではいない。

良い考えが、詰まっているのかもしれない。

だとすれば、政治家の全員がこの本を読むべきだろうと思う。

きっと、多くの政治家は読むまい。

それは、多くの政治家はマザーテレサの思いより、多くのお金持ちの考えを理解しようとするだろうと思う。

ここで、更なる、貧困化を止めなければ、日本は、どうなるのだろう。

更なる貧困化は新たな社会不安を増幅させる事にも繋がる。

物欲に邁進し、人間に不信に陥り、社会不安に慄く、こんな社会が遠くに見え出した気もする。


安心安全の国、日本を創りますとは、誰の言葉かは覚えてはいない。

しかし、政治家の言っていた言葉には間違いない。

当選する為にこの言葉を使う事はもう許される時ではないと思う。


是非、実現に邁進してください。

社会を、格差を、貧困を、そして心の貧困までも、

コントロール出来るレバーを持っているのは、国会議員の方達だけですから・・・。




ありがとうございました。




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