The Sixtiethのブログ

自分なりにですが、人生の不思議を考えています。

ニュース

広島刑務所の脱獄に思う。

広島刑務所の脱獄に思う。


脱獄のニュースにはびっくりしたと思います。

60年広島に生きてきて(途中留守はありましたが・・・)、脱獄の記憶は、きっと無いと思います。


会社は、刑務所と同じ島にあります。

刑務所の南側です。

ここまで、会社まで来ると、袋小路になる。

          広島地図中心のが刑務所の位置です。



刑務所は広島のど真ん中に位置する。

住宅も、公園も、学校も、ショッピングモールも、コンビニもスーパーも・・・総てある真ん中にあります。

今回、危険な思いを感じた人は多いと思います。


原発に続いて、まさかの思い。

安全神話が崩れた思いも感じたと思います。


広島は川が多い。

刑務所から西に逃げようとすると、3つ橋を渡らなければならない。

つまり、橋を封鎖されると、逃げられない。

橋を渡るには、人目につきやすく、それなりの勇気も覚悟もいると思う。


単独では、変装と、お金が必要となる。

仲間がいると、車で、逃走出来るかも知れない。

結果、逃走犯は単独犯であり、そして、お金が無かった。


つまり、川を渡りきれなかったのだと思う。

そして、川の風景は良く似ている。

逃走犯は、方向感覚も定かでなくなり、捕まった地点は、逆に、刑務所に引き返す様に近づいてしまっていた。


津浪も、刑務所も塀の高さが問題だったのかもしれない。

まさか、の津浪の高さ、

まさか、の5mからの逃避。


刑務所の北側に平和公園があり、その北側に広島城がある。

広島城は平地にあるが、川に囲まれている様が、如何に頑強なことかも思い知らせてくれた。


川は、自然の要塞なのだと、改めて思い知らされた。


脱走といえば、パピヨンと云う映画があったと思う。

決して脱獄する事はできない南国の孤島にある刑務所から、ひとり脱獄を企てる。

最後には、成功したと思うが、その、過程は凄まじい努力があったように記憶にある。


100%まさか、を突いた脱獄だと思う。

そして、単独犯だった。


単独犯の方が、成功率は上がるのだろうと思う。

まさか、この言葉をつけるのは、複数では難しいと思う。

ともすれば、計画の段階で、ばれる。

実行の段階でも、計画通りに事が運ばずばれる。

2人以上だと、もし、タイミングが合わなければ計画は台無しとなる。

例えば、一人が待って、一人が遅れれば、成功しない。


偶然でしか、まさかは、起きないと云う事だと思う。


しかし、単独で成功させるためには、相当なる、能力がいるのだろうと思う。

知識、準備、忍耐力、理性、勇気・・・。

そして、運だと思う。


最後の運を掴む能力が最も必要なのかもしれない。


パピヨンの映画の主人公は、総てを持ち合わせていた。

しかし、今回の中国人の脱獄には、運と体力だけではなかったのかと思う。

せっかくの降って沸いてきたような運も掴みきることが出来なかったのだと思う。


パピヨンの主人公が、広島の刑務所より、より、はるかに難しい刑務所から、なぜ脱獄できたのか。

それは、最大の理由は、彼が、無実だったからに他ならないのだと思う。

無実の濡れ衣から逃れるエネルギーは、総てを超えて発揮できていたのだと思う。


今回の、広島刑務所の脱獄の失敗は、そのエネルギーが無かったに違いないのだと思う。

無実でもないのに、決して、脱獄なんて出来るはずも無いのだと思う。


しかし、さらに、暖かい広島といえども、今年の冬は寒い。

朝は0度近い。

ナポレオンではないが、冬将軍の力も物凄いと思う。

寒い、これには心身ともに勝てない。

身が振るいあがれば、心も振るい上がる。




ともあれ、お騒がせに終わった今回の逃走劇は、不幸中の幸いだったのだと思いたいと思います。

誰一人、命も落とさず、怪我もせず、

きっと、誰一人、身近に、恐い思いすら無かった。


広島のど真ん中で起きた事件、これからは、二度と起きませぬように!

広島市民の切なる願いだと思います。




ありがとうございました。






             ブログランキングに参加しています。右のボタンをクリックお願いできますか。




 p.s.

 同窓会のご案内です。

 広島大手町中学校42年卒3年9組同窓会ご案内。

 
http://blog.livedoor.jp/salonsystem-otemachi42/archives/4813160.html


 ありがとうございました。





















エイズ発症者最多9人−広島市。

エイズ発症者最多9人−広島市。

エイズ02102011エイズ02132011

久しぶりにエイズの話題のニュースに触れた。

ビックリだ。地元広島ではないか。

23年位前に渡米した時、知った病名だ。その時はアメリカでも余り知られていない時代だったと思う。

幾つかの、気の毒な話も聞いた。エイズ患者が、自殺して、それを助けようとした、レスキュー隊員がわずかな傷に、エイズの人の血が入り感染したという事故は、多くのアメリカ人の同情を買った。大変、気の毒に思った。

会社の仕事上のお客さんで、入院先の病院から、仕事上の感謝の手紙に、エイズで、余命は後わずかしかないとの事が書かれていたのにも驚いた。

それから、エイズ撲滅運動は、広まったが、有名人にも発症者が出たりで、大きな社会問題にもなった記憶がある。

15年前に帰国して、日本の安全には、さすがと思った。

たまに、旅行帰りの方が話題になったりした記憶はあるが、ここ最近は、ニュースでは、聴いた記憶はなかったと思う。

しかし、この新聞で、怖い事に、確実に、地方都市広島でも、増えてきているのがわかった。

最近、DVDで観た映画に、父親にレイプされ、子供が出来、更にHIVに感染していたという、これ以上無い不幸を背負わされた黒人女性のストーリーがあった。(これは、後に映画の感想で別にブログするつもりです。)

鳥インフルエンザにしても、エイズにしても、撲滅しきれないどころか、更に猛威を発揮しつける。何ということだろう。

人類の安らぎは、中々来ない。

慎ましやかに、生きない人類への、神からのパッシングなのか。そうとしか思えない。

撲滅しても、更に新しい病気が、人類の前に立ちはだかる。それの繰り返しは、単純に何故と思う。

しかし、人類の努力はすばらしい。神も、人類が努力すれば、解決できる道も残して、用意して頂いてる気もする。

それにしても、常に・・・。止めよう、同じ事をつぶやくばかりだ。

死に至る病。それに犯される大切な人生。

つつましく生きれば、こんな、恐ろしい病気に縁は無いはず。と信じよう。



ありがとうございました。


アフリカの人類の祖先、ルーシー。

アフリカの人類の祖先、ルーシー。

☆太古の命の証人

今日の中国新聞に彼女の特集記事がのっていました。

ルシー02102011


歴史の証人、ルーシー、約320万年前の女性です。神から選ばれた人と思えてきます。

多くの骨が、傷まずに残っている。現在の保存技術で、320万年保存する事が出来るのかその道は詳しくないので分からない、が神の仕業としか思えない。

想像すると、彼女の最後は、過酷なものだった様な気がする。きっと、天変地変でもあって、恐怖の中で、命を落としたのかもしれない。後日の証人となるために。

彼女の、子供達は、何とか、難を逃れる事が出来たのだろうと思う。その証拠は、現在の私達の存在だからだと思う。

如何なる、天災、人災があっても、神は証人として、誰かを、適任として残すのかもしれない。

彼女の、生き残った、子供の中で、優秀な子供達は、生き残りに、神より選ばれたのかもしれない。

320万年の歳月は長い、気が遠くなる以上に長い、その間生命のたすき渡しをされ続け、今日の私達がいるという事は、言葉で表現できないほど、すばらしい事だ。驚きだ。感謝せねばならない。

平均25歳で命が繋がれたと計算すると、約13万回の生命の引継ぎがある。太古の大昔の事だから平均15歳で繋がれたと計算すると、約21万回になる。

有史2000年を1600回繰り返す事になるから、如何に現在までになる為に、いかに遥かなる遠い道だったかが想像される。

こんな、歴史を積み重ねてきた、地球の生命の危機が、わずかここ50年、100年の間に、急激に膨らんできているように伝えられています。

これから、320万年の未来、地球は、健全な姿で、人類も、幸福の中に居ることが出来るだろうか。

もし繋ぐ事が出来なければ、現在、未来の人間は、過去の多くの人間よりも、遥かにおろかな事になる。

地球の破壊は、人類の破壊に直結します。それだけ強力な破壊力を持ってしまった。その破壊力以上に、強力な心を持たなければならなくなった。

320万年先の、ルーシーにつなぐ為に。




☆現在の命の証人


先日、書いたブログに、橋爪 文さんをご紹介しました。この女性も、100年、1000年経てば、原爆の生々しさを、綴られた証人として、選ばれた人に思われるに違いない。

彼女の本を通して、彼女は、その家族は、神から選ばれたに違いないと思えるほどの、偶然とは思えないほどの惨事下の中で、生き延びる術を与えられたのだと感じます。

そして、50年経ってからの執筆、彼女の能力が、出版までされ、多くの人々に、原爆の一人の経験を通して、その悲惨さを、疑似体験させられる事が出来ています。

彼女が、経験した事、見た物を全世界の、指導者だけでも共有できたら、決して、戦争は起こらないはずです。ましてや、核兵器なぞ、使うはずもありません。

人間が破壊しない限り、地球号は、あと50億年、地球上のあらゆる生命を育んでくれるはずです。

もったいない。地球と生命を壊す事は、最ももったいない。

もったいない・・・。



ありがとうございました。

p.s.

下記に、原爆に関する記事が載りましたので、添付しておきたいと思います。

原爆神崎02132011






ごぼう茶を飲んだ。

ごぼう茶を飲んだ。

友人にごぼう茶を勧められて飲んでみた。彼女は2年前くらいからTV番組を見て、レシピー通りに作って、以後、そればかりを飲み続けているそうだ。

ご存知の方も多いと思いますが・・・。

そのTV番組の紹介は下記です。

http://www.comecome-happy.com/archives/433tv/post_341/

念の為に、レシピーをコピーしておきます。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
【ゴボウ茶 レシピ(作り方)】
1:ゴボウの皮を残したままタワシで洗って、
 皮むき器でスライスします。

2:スライスしたゴボウは天日で半日ほど干します。
 (乾燥させることで若返り成分の“サポニン”を
  凝縮させることができるのだとか!)

3:天日干ししたゴボウをフライパンで10分ほど炒めて
 水分を飛ばします。

4:(3)のゴボウを急須に入れて、お湯を注ぎ、3分経てば飲み頃!
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

サポニン、これが若返りに効くと、毎日欠かさずだそうです。過度の肌の乾燥も収まり、お陰だと言っておりました。

ごぼう茶01312011

彼女の手作りのごぼう茶です。既に冷やしてありました。

そうそう、ごぼうの生命力もすばらしいと、家庭菜園家の彼女の弁です。

飲んだ感想は、あっさりとして、ごぼうの香りがほのかに香り、飲みやすく、おいしい。・・・でした。

ごぼうをお買い求めになられたら、皮を捨てないで、是非お試しを!でした。



ありがとうございました。



ネバダ核実験1951年1月27日の日。

ネバダ核実験1951年1月27日の日。

今日が戦後アメリカが核実験を最初にした日として、核兵器反対の日となっているようです。核廃絶の座り込みもされたようです。

あるテレビ番組で、核兵器は不要ではないかとインタビューされた、一人のアメリカ人が言っていました、「攻撃されたらどうするんだ?」 これが多くのアメリカ人の心中だろうと思います。

自分で自分を守る。これが脈々と受け継がれてきた鉄則のようなものだと思います。

日本のように警察力が、世界一と云われる国でも、強盗、殺人は珍しくありません。面積が25.5倍ある国土で、人口は2倍です。警察力の目の届かないところだらけと云って差し支えないと思います。

警察力の届かないところ、近所の目の届かないところで、強盗に入られたら、どうします?素朴な疑問です。西部劇のシーンの様な世界がいっぱいあるわけです。貴方が家族を残して、町に出かけなければならないとすると、貴方は残される妻子に何と言いますか。悪人が来たら、「ここに銃があるから、これで身を守れ。」とは言い残さないでしょうか。

日本でも、銃を持っていたら、殺されたくてもすんだかもしれない殺人事件は最近、増加の傾向にあると思います。

しかし、銃所持を推奨しているわけではありません。アメリカにいた9年弱、銃を所持したことは、幸い一度もありませんでしたし、事件に巻き込まれることもありませんでした。

アメリカの長い歴史が、自分の身と家族は自分で守るという哲学も習慣も出来上がっていることを理解して、その上で未来の話をしないと、話がかみ合うのは難しいのではないかと思います。

アメリカで、銃による殺人事件が起きたら、必ず、新聞に、銃規制についての投稿があります。内容は、決まって、すべきだ、何故出来ないんだ、と書かれます。まるで、アメリカ事情は考慮せず、の、この手の投稿は、力になるとは到底思えません。

相手に届く言葉は、相手を理解し、相手を思いやって、相手の為のアドバイスで、それでも、届くか届かないか50%、50%の確率でしかないかもしれない。

それを日本の事情に当てはめて、日本のように、何故しないんだと云っても、解ってないね、と思われるだけのような気がします。

核廃絶の問題も、銃規制の問題も、根は同じところから出ていると思います。繰り返しになりますが、自分の命は、自分で守る。自分の国は自分で守る。だと思います。

だから、核廃絶とアメリカに向かって、抗議をしても、なかなか、現実問題をクリアできません。しかし、戦争反対なら、何倍の確率で届くはずです。現実に、戦争反対の運動はアメリカで大きく育っているわけですから。

何故広島の人は、戦争反対を言わないで、核廃絶だけ言うのか、同じ広島人、被爆2世としても戸惑いがあります。世界平和が理想で、目的ならば、戦争反対の方が、世界中の人の心に届くと思います。

私は戦争反対です。

攻撃されたらどうするんだと言う議論が必ずあります。貴方の家族が殺されたらどうするんだと、必ず、言われます。もちろん個人レベルでは、絶対に許せない、敵討ちあるのみです。そういう感情に生身の人間ですからなります。しかし、それは、あくまでも個人レベルです。戦争は国のレベルで考えなければなりません。どうでしょう。仕返しすれば、またされ、被害は確実に、更に大きくなります。戦争は、個人のレベル、感情レベルで考えては、絶対にいけない、という事が明白です。

本当に出来るのか?と聞かれたら、解りません。自信があるとは言えません。

しかし、戦争でなくても、事件で肉親を失われた方々は多く居られます。それは、法に乗っ取って粛々と処理されます。まるで、被害者の無念さは無視されるかのように。被害者の方には本当にお気の毒な事だと思います。

難しい問題ですが、もう、2度と先の大戦の二の舞は要りません。

有事に備えるということは、銃を所持するという事と、同じです。銃が不要と言うのならば、有事の備えも要らないという事と同じです。

例外事項は要らない。何があっても、
世界平和!心の真ん中にいつも仕舞っておきたいと思います。



ありがとうございました。











育毛剤



サラヴィオ化粧品



アルガンK2シャンプー



アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

賛同でワンプッシュ!
賛同でワンプッシュ!
賛同でワンプッシュ!
livedoor プロフィール
最新記事
記事検索
  • ライブドアブログ