The Sixtiethのブログ

自分なりにですが、人生の不思議を考えています。

映画、洋画

「世界で一番パパが好き!」を観て。

「世界で一番パパが好き!」を観て。

このDVDを何回、何十回、車の中で回しただろうか。

多くの、お気に入りの映画も、何度も観るが、ここまで飽きずに見続けている映画は、かつてない。


もちろん、聞き流しで、字幕を注視することなどは、もちろん、運転中は出来ない。

一度、日本語で、観る。

これでも、注意は集中していないので、見れていない場合が多い。

それでも、流れも、心の動きも大体は理解できる。


そこから、繰り返し、英語での聞き取りを繰返す。

既に、30回以上は聞き流してきたと思う。

普通、10回も見れば、飽きが襲ってくる。

そして、DVDをデッキから取り出す羽目になる。

そして、数ヶ月、数年を経ないと再び見ることは出来ない。


しかし、この映画は、その感覚を沸かさせない。

未だに、DVDデッキの中に入っている。


これだけ、繰返すと、短い会話は頭に残り始める。

初めて、狙ってきたことが出来そうな映画だと思う。

英語の勉強は、繰り返し聞くことは、かなり重要と云われていると思う。

しかし、飽きの感覚に襲われ、聞き続けることが出来なくなる。


じつは、過去の経験からも、飽き始めた頃からが、本当に身になる勉強とは思ってきてはいるが・・・。

過去において、飽きに打ち勝ったことは殆ど無い。

飽きの感覚が湧き上がってこなかったことも殆ど無い。


この映画は、飽きの感覚が、未だに湧き上がってこない。

不思議な映画だと思う。

その理由のひとつに、今だに、解っていても笑ってしまう面白さがあるのかもしれない。


あらすじは、ネット検索で調べていただければいくらでもあるのでそちらに譲らせていただきたいと思います。


この映画は、コメディタッチの中に多くの大事な内容を含んでいるような気がする。

一番最初の衝撃は、子供を産んで、命を落としてしまう母親の運命。

これは、男にとっても、相当の衝撃を受けてしまった。


男にとっての大事なものの選択、これも、かなりの衝撃を受けてしまう。

仕事。

せねばならぬ、その意識。

どこで、何をやるかの選択。

都会、ニューヨークの魅力。

高給、出世欲、と仕事に対する魅力と欲と情熱は尽きない。


子供に捧げた7年間。

その後に、再び襲ってきた、仕事、大都会ニューヨークの魅力。

この辺りの、男の心中、葛藤は、やはり、軽いものではないと思う。


世の中で、最も大事なものはなにか。

このことを、考えさせられる。

誰もが、100%、家族だと答えるだろう。

誰もが、100%、その為に仕事をしていると答えるだろう。

しかし、多くの場合、仕事の為に、家族が犠牲になっている。

そのことに気付かない場合も多い。

気付いても、できない場合も多いと思っていることも多い。


本当に、100%家族を、最も大事として、生活をしているのかどうか。

生活をすることができるのかどうか。


この映画は、その答えのひとつを提示してくれているようにも感じる。


自分の中で、一つの答えとして、この映画の、パパには大賛成したい。

そんな、中身の濃い、楽しい映画だと思います。

良いパパの一つ生き方だと思います。



それにしても・・・、

子供は宝だし、

女性は魅力的だし、

おじいちゃんは、やさしいし・・・・、

良い家族は人生の宝でもあり、ゴールでもある。

と、教えてもらった・・・。



パパになった方には、是非、ご覧頂きたい作品だと思います。

振り返れば、子育てが終わった今見るのではなく、スタートした二十数年前に見たかったと思います。




ありがとうございます。






45年ぶりの映画「サウンドオブミュージック」。

45年ぶりの映画「サウンドオブミュージック」。


はじめて観た時のサウンドオブミュージックの印象は強烈だった。

大画面で観た、ヨーロッパのオーストリアの美しい風景からはじまる映像は、強烈過ぎた。

決して忘れることは出来ない風景となった。

何度観たか。

回数は忘れたが、何度かは観た。


そして、音楽。

やさしい、たのしい音楽。


ジュリーアンドリュースの歌声も決して忘れられない。

そして、文化祭か何かで、クラスで合唱もしたことがあると思う「エーデルワイス」。


同じ、感激を多くの人が共有したに違いない。


こんな強烈な美しい思い出は、また、映画館で観たいと云う思いもある。


TVで見た「サウンドオブミュージック」は有り余る魅力の半分も出ていないと感じたこともある。

それから、観ることを封印。


ブラウン管TVと真空管アンプで、観て聴いてみたくなった。

待つこと3日。

やっと時間が取れた。

昨夜、早送りをしながら、1時間余り、風景と、音楽を楽しむことが出来た。


せめて、このシステムまで、我慢していて良かったと思った。

かなり、脳裏に強烈に残っているイメージに近いと感じられた。


ストーリーは、暗いナチスの時代。

ハラハラの中に、あたたかい人の心。

うつくしい風景と音楽の織り成し。

このアンバランスは一層、時代の暗さを伝える。

そして、平和の尊さを教えてくれる。


平和、いい。

地球の美しさの中で、

あたたかい情の中で、

美しい音楽を聴ける。

これは、最上の平和かもしれない。


ブラウン管TVと真空管アンプのやさしさは、このすばらしさを、蘇らせてくれた思いがしました。




ありがとうございました。








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レイ・チャールズの映画。

レイ・チャールズの映画。


レイ・チャールズの映画をDVDで観ました。

何かをしながら、2〜3回は観た記憶がありますが、じっくり観たのは初めてでした。

それは、音楽映画は良い音声出力で観たいと気持ちの中での鑑賞でした。


こだわったのは、もちろん真空管アンプですが、実は、映像にも真空管ブラウン管で観たいとう思いも強くなってきていたわけです。

すでに、真空管ブラウン管のTVは家の中には無い。

気が付くのが遅かった。

既に、処分された後だ。

液晶の超きれいな画像と、アナログ丸出しの真空管アンプのかもし出す音に、少々の違和感を感じ始めて・・・。


まだ、探せばブラウン管TVは手に入るレベルだろうと思い、考えを巡らせた。

知人、電気屋、リサイクルショップ、廃物処理のお店・・・、そうだ、そこだと思い、近所の国道沿いにある、TVなどが山と積んである場所に出かけてみた。

そこの人が出てこられた。

TVをわけてほしいと話すと、不思議そうな顔をされた。

通常、逆だ。

さぞ、貧乏人だと思われたと思う。事実には間違いないが・・・。

実は、出来るだけ大きなものが欲しかったが、一人で運べる最大のTVに妥協して、交渉をさせてもらった。

1000円!で頂いた。

親切にも、進んで動作チェックをしていただいた。

雨ざらしで、放置されていたにも関わらず、綺麗な画面が現れた。いい。嬉しい瞬間だった。

もちろん、TVは見るつもりは無い。

DVDさえ映ってくれれば、最高だった。

何インチだろう、かなり大きい。

車には、2人乗せた。


事務所に戻り、地下室まで、どうやって、このでかいTVを運ぶか?

幾多のガタン、がたんと、ショックを与えたが、地下室に到着。

電源を入れるのは少々恐かった。

配線がショックでショートでも起こし、爆発、炎上?しないか。

心配をよそに、綺麗な映像が現れた。


一番目に観たい映像、それは、レイ・チャールズの映画だった。


真空管アンプで、彼の音楽を聴き、

真空管ブラウン管TVの映像で観る。

ついに実現した。


昨夜は、仕事があった。

確認だけと思いながら、数分鑑賞すると駄目だった。

ブレーキを掛けられなくなった。

ついに、最期まで観て、聴いてしまった。

その後、仕事を済ませ、家にたどり着いたのは、2時を回ってしまっていた。


眠気と疲れの中に、

良い映画をじっくり観た喜びみたいなものと、

このアナログコンビの映像と音の競演に充実感はあった。

ブラウン管の映し出す柔らかな映像と、真空管アンプのやさしい音色は最高だと感じた。


もう一台、ブラウン管TVが欲しい。

のこり少ない人生にはもう一台予備があれば十分だろうと思う。


いろいろと好きなミュージカル映画を観てみたいとも思う。

次は、子供の頃みて、目を奪われた「サウンドオフミュージック」が観て、聴いてみたいと思う。


映画の内容?

それは、もちろん、多くの感動がありました。。

暗闇の中で、心の光を必死で追い求めていた人生だったのかなと深く感動させてもらいました。

溺れてはいけない、頼ってはいけない薬物。

暗闇と薬物と音楽と女・・・そして、黒人差別。

そして、最期には総てに打ち勝った。

自分にも、黒人社会にも、人種を超え、生きている総ての地球上の人間総てに、幸せを届けた。

いや、未来の人間にも音楽を通じて、幸せを届け続けるだろう・・・。

天才、崇高なる人、レイ・チャールズ。

ありがとうございました。


彼のご冥福をお祈りしたいと思います。


レイ・チャールズ婦人にも頭が下がる思いがしました。

彼女の内助の功、夫への理解、愛情、我慢、すべて物凄く高いレベルの女性でした。

きっと、レイ・チャールズのなかでは、彼女あっての人生といわせしめたのではないかと思います。

ありがとうございました。





ありがとうございました。









あらすじと良い評論を見つけましたので、ご覧いただければと思います。

http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tydt/id321431/

「Ray/レイ」フォックスは物まねの域を越え、まさにレイになった。これは、美化せずに偉人を描き出した傑作

 誰もが知る著名人の生涯を描くとき、俳優が陥りやすい罠。それはその人物の物まねになってしまうことだ。力道山を演じたソル・ギョングは、演技の邪魔になるから彼自身を研究しなかったと発言したが、生前に本人からお墨付きをもらってレイ・チャールズ役を獲得したジェイミー・フォックスにとって、レイ自身を無視するわけにはいかなかっただろう。しかしフォックスは、形態模写から入りながらも、物まねの域を越え、内的に同化して、まさにレイになった。これは、美化せずに偉人を描き出した傑作であると同時に、伝記ものがブームの様相を呈している意味を明快に伝えてくれる作品でもある。 非難を浴びながらも教会音楽とR&Bを融合させ、黒人のルーツをたどりつつ「魂」を弾き語るジャンルを確立した音楽界のパイオニア。端的に描かれるその事実だけで、『ブルース・ブラザース』と「いとしのエリー」のカバーでしか彼を知らない世代は、目からうろこが落ちるかもしれない。何よりも素晴らしいのは少年時代の回想シーンだ。ジョージア州で幼くして失明した彼を毅然とした態度でしつけた母の教えと、トラウマとなった弟の溺死。ハンディを背負いながら生きてきた苦を見せつけず、時折フラッシュバックで挿入される母と大地の原風景が、常にレイを鼓舞する。 人種差別に立ち向かい、仕事に没入する一方で、クリエーティブを優先して家庭を放り出し、ヘロインと女に溺れた。それは人間レイを描くうえで必要不可欠なエピソードだ。ヒットを連発し、次を期待されればされるほど、破滅的になっていく様が痛ましい。そんな人生のあらゆる局面が歌詞となり、リズムになっていく。彼自身から紡ぎ出される聖と俗が同居した音楽。豊富な音源で構成されるエピソードの数々。その裏側にあるものをしっかり見つめようとする演出は、斬新さこそないが、誠実さを感じさせる。おしむらくは、きれいにまとめすぎてしまったエンディングか。オリジナル脚本が枯渇し、VFX映像がイマジネーションをかきたてなくなった時代。アメリカ映画は、もう一度「人間」の可能性と、「物語」の力を再確認しようとしている。(清水 節) (PREMIERE)

[2005年03月03日 更新]








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HACHI 約束の犬。

HACHI 約束の犬。

映画の「HACHI」を見た。映画館ではなく、レンタルDVDですが。

日本映画、「ハチ公物語」は見ていませんが。見てみたくなりました。

アメリカ人の感じるハチ公の犬物像と日本人の感じる犬物像のどうなのかも知りたくなった。

この「HACHI 約束の犬」を見て、多くの事が、頭の中を巡り、なかなかブログを書く、キーボードの手が進まなかった。

一番最初に、まず、実在の「ハチ公」について、知りたくなった。ネットで検索してみると、ありました、下にアドレスを列記しました。

読んでみて、やはり、多くの方が感動し、銅像まで建てられた理由もわかりました。

この映画をきっかけに、実像のハチ公に触れられることが出来たことが大きいことだったと思います。

少し、頭の中も整理できて来ました。

まず、犬って、人間にとってなんだろう?

人間に一番、近い、親しみの動物?といえば、ネコ派の方は、異論があるかもしれない。

ともかく、性格は違っても、両方とも、人間の文化、生活と共に生きて来た。

今回は、ハチ公にちなんで、犬の存在について、感じて行きたいと、ここ、数日、どっぷりと浸かっている。

日本では、ハチ公は、忠犬と云われる。主従の関係で表され、最も、忠実な犬と多くの感動を感じている。

一方、アメリカでは、HACHIの映画紹介の中で、主従の様な縦の関係でなく、家族、友人と、横の関係で表されているところが、面白い。

封建社会が続いた、日本社会と、初めから民主主義の国、アメリカの根本的な考え方の違いも、改めて気付かされた。

ハチ公の、評価の仕方も、見方も違うことが、ハチ公の価値を更に高めているとも感じた。

日本も、すっかり、封建社会から、民主主義の考え方に変わってきた。どちらかといえば、アメリカ的な、犬は家族、友人の感覚が受け入れられ易いかなとも思う。

ハチ公の飼い主は、大変な愛犬家であった、と云うことがハチ公の性格と120%合致したと云うところから始まったと思う。

卵が先か、鶏が先かの話で行くと、ハチ公の場合、飼い主の愛情、大変な愛犬家であったことが先だと思う。

この大変なる愛情の元にハチ公は育っていったと云うことが、彼の生涯を決定付けたと思う。

ハチ公は、飼い主の愛情を感じる、高い知性を持ち合わせている賢い犬だったことも大きな要素だとも思う。

ある説によれば、普通、犬の能力は、人間の2〜3歳児といわれているらしい。訓練された、警察犬等は、時に5〜6歳児の能力を持つとも云われているらしい。

ハチ公は、この5〜6歳児に匹敵する能力を、訓練からではなく、愛情から、高められて、持っていたのではないかと想像してしまう・・・。

話は少し脱線して、何故、犬が可愛いのか?と思いを巡らせてみた。勝手な解釈だが・・・。人間の生涯の中で、2〜3歳児は可愛い時期。理由無く可愛い時期だと思う。大きくならないでこのまま居てとと思う親は多いと思う。

更に、5〜6歳児は、更に可愛く感じる方も多いと思う。

つまり、犬は、生涯、2〜6歳児の間で生涯を終わる。つまり、人間が、このままで居てと思う年齢で、それ以上の成長無く、生涯を過ごす。

人間が、犬を愛おしく、好きになる理由は、ここにあるような気がする。

中でも、飼い主に、より反応する、理解するともいえる、賢い犬は、何にも増して可愛く感じられるのも無理は無いと思う。

この犬の中で、ハチ公は、この人間を理解する、人間が好きと云うところの能力がずば抜けて高かったのではないかと思う。

このHACHIの映画を通して、実像のハチ公との出会いを通して、犬への愛情がどうあるべきか、考えさせられた。反省も大いにさせられた。かつて、犬と生活を共に、してきたこともあった。しかし、その時の、愛情、付き合い方は十分では無かったと大いに反省させられた。

ハチ公と、今までに出会ってきた、生活を共にしてきた犬達の冥福を祈りたい。

やはり、犬達は、すばらしいと思う。

複雑になりすぎた人間社会を解きほぐすには、素直な犬の能力は大きな力かもしれないとも感じてしまった。


ありがとうございました。



下記に、参考になればと、アドレスを列記しました。


http://welcome-shibuya.net/history/hachiko/

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%A0%E7%8A%AC%E3%83%8F%E3%83%81%E5%85%AC

http://www.youtube.com/watch?v=JNsukeNKpsY


http://www.youtube.com/watch?v=rRMi4SoLNX8&feature=related


http://getnews.jp/archives/21371

http://cinema.pia.co.jp/news/25591/37303/




p.s.

猫とのすばらしい話も一つ。

知人の所へ、通う野良猫、黒い野良猫が居る。

その野良猫君、とっても節度をわきまえている。

決して、その知人の許可なくしては、入ってこない。

甘えた声で、訪問したことを告げる。

仕事中には、少し、そこで待っていなさいと告げると、そこでおとなしく待つと云う。

あまりに長いと、催促の泣き声も発するが、再び待ちなさいというと、ズゥーと待つと云う。

この知人がすばらしい。

この野良猫君に対する愛情も深い。(誰に対しても愛情深い人ですが。)

食事を作ってやる。魚は骨を抜いてやる。までお世話をされる。

野良猫君、この愛情を、たっぷり理解している。

この知人との会話を横で聞いてみると解る。

今まで、聞いたことのない猫なで声で答える。会話をしている如くでなく、本当に会話をしている。知人の一言にその都度、返事をするからびっくりする。

腹八分目食べると、帰って行くと云う。他の野良猫君に残しているのかもしれないとは知人の弁。

この野良猫君、スタイルが良い。本来の猫のスタイルを保っている。

この猫もきっと、IQが高いのだと思う。

節度、自分の分を知った猫。

孤高の猫らしい真っ黒の精悍な猫です。


ありがとうございました。











映画「やさしい嘘と贈り物」を見て。

映画「やさしい嘘と贈り物」を見て。 




GOO映画より
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD15883/story.html
解説 - やさしい嘘と贈り物

「エド・ウッド」のマーティン・ランドーと「アリスの恋」のエレン・バースティン、2人のオスカー俳優が共演。独り暮らしの孤独な老人が、美しい女性と出会って生活に潤いを取り戻すが、彼女は実は…。大人の恋愛と家族愛をやさしいタッチで描いた物語。監督は、本作がデビュー作となる24歳の新鋭ニコラス・ファクラー。

以下をハイライトすると結末までのストーリーが現れますのでご注意ください。

あらすじ - やさしい嘘と贈り物


孤独な生活を送る老人ロバート・マローン(マーティン・ランドー)のもとに、ある日、夢のような出来事が訪れる。スーパーでの仕事を終えて帰宅すると、そこに一人の美しい女性がいたのだ。メアリー(エレン・バースティン)という名のその女性は、通りがかったロバートの家の扉が開いており、住人のことを心配したのだと語る。立ち去る間際、彼女はロバートを食事に誘う。久しぶりとなる女性とのデートに心躍らせながら、若いスーパーのオーナー、マイク(アダム・スコット)に、その出来事を相談。当日、慣れない場に苦戦しつつも、小洒落たレストランで楽しいひと時を過ごすロバート。そして2人は“絶対に物事をあきらめない”という約束を交わす。こうしてロバートとメアリーの交際が始まる。メアリーの娘アレックス(エリザベス・バンクス)からは、メアリーがロバートに好意を寄せていると知らされ、まるで10代のような恋にときめいてゆくロバート。そして2人で訪れたクリスマスパーティー。そこでロバートは、メアリーと会話する男を彼女の別れた夫と勘違いして罵倒してしまう。だが、それはロバートの弟、バック(ジェームズ・デヴニー)だった。弟の顔をすっかり忘れてしまったロバート。さらに、彼の中で彼女を失うことに対する恐れから、嫉妬心が膨れ上がってゆく。そして、彼女の電話番号も彼女の苗字も忘れてしまっていることに気付いたとき、パニックに陥る。混乱してメアリーに八つ当たりするが、昔の自分の写真を目にして、すべてを思い出してゆく。ロバートは、あらゆることを忘れていた。スーパーのオーナー、マイクは自分の息子であり、メアリーの娘だと思っていたアレックスは自分の娘でもあり、恋に落ちた相手は自分の妻だったのだ…。倒れて病院に運ばれるロバート。助からないという医者の言葉にも、“あきらめない”という約束を胸に、メアリーは最愛のロバートのもとを訪れる……。

ここから普通の表示になります。

久々に、映画を見ようかなと思いビデオショップへ、出会ったのがこの映画でした。人間ストーリーが好きですから、目が止まった訳ですが、お年寄りの恋愛?変、と思い、棚に返すつもりで、裏をちらっと見て、驚いた。

脚本を書いた人が17歳とか19歳だったと思います。こんな若い方が、老人の恋愛小説?と思いながら、棚に置こうとした手が止まり、受付カウンターに差出てしまった。

興味本位だった。決してこんなに若い人に描けるはずはないと思っていたので、どのレベルまでかが、興味の的だった。

全体の3/4位まで、感心しながら、話は淡々と進み、結末はどう結論付けるのだろう。この映画の最も訴えたい事は何だろう?と思いながら、見続けました。

途中、気になる言動、シーンは少しありましたが、深く考えることも無く、迎えた終盤、自分の思慮の浅さを思い知らされました。

そうそう、ネットで、脚本も監督もNicholas Fackler 24歳と云う事も知りました。この若い人がここまでの、映画を作るとは、驚嘆です。

この映画の、一番訴えたかったことはなんだろうと考えてみると・・・・。



以下、映画を見ていない人の為に、反転しておきます。見た人は、文字をハイライトしてみてください。

                                

原題は「lOVELY, STILL」 だから、「いとおしさがまだある」と云う事だと思います。妻の気持ち、又は、気が付かずとも、再び蘇って来た夫の気持ち、つまり、その両方にあるいとおしい気持ちということでしょうか。

作品では、夫が痴呆症だったというのが、本当に、最後の最後辺りで、本人の気付きと共に、観客にもはっきりと理解できるように組み立てられています。このクライマックスには、本当にしてやられた感があります。製作者の意図にまんまと嵌ってしまいました。

この作品は、考えようによれば、恋愛モノでもあり、見方を変えれば、物凄いスリラーでもあり、そして、現代の社会が抱える大きな問題の問題提起でもあると思いました。色々と、深く考えさせられる映画でした。

恋愛モノと考えて、考えを進めていくと、多分、最高クラスの出来栄えということになると思います。普通、恋愛モノは、主人公が若くて、最後は、困難を乗り越え、ハッピーエンドになるストリーが多いと思います。その後は勿論知る由もなしとなり、死ぬまでこの二人は、この情熱を愛情を持ち続けていく事が出来るのだろうか、と考えても仕方ないことを、ふと、巡らせてしまったりもします。

その点、この映画は、総ての恋愛映画の完結編です、では無いですが、痴呆症を除けば、良き人生の終盤を表現しています。主人公、夫は、人生の終盤、年老いて、まだ尚、ティーンエイジャー頃の精神的な純粋さを、残しています。これって、果たして、どれくらいの人が、持ち続けることが出来るのでしょうかと、思ってしまいます。

痴呆症になったからこそ、純粋さを持ち続けられたのか、それとも、彼の性格で、そうであったのかは、どうでしょう?どうなんだろうと考えてしまいます。

前にも書きましたし、しらけた話になりますが、動物学的には、多くの場合、熱く恋愛の続く時間は、3年位だそうです。原始の昔は、3年周期で新しい恋愛が始まっていたらしい。

この映画のように、この熱い純粋な恋愛感覚を、一生持ち続ける事が出来た、主人公、夫だったとしたら、何としてでも見習いたいところだと思います。

しかし、ともあれ、人生の最後は、かくの如く、家族と共に、愛情で結ばれたままで終わりたいと願いたい。

見方を変えて、物凄いスリラーと考えれば、本当に、恐怖そのものです。痴呆症になる恐怖は誰にでも、現代では、特に、長寿になった分、感じていると思いますが、ここまで映像化されると、その恐怖を、体験させられた思いがします。

いったん痴呆症になったら、何も思い出さずに早く終わりたい。そんな思いにさせられました。

う〜ん、やはり、痴呆症だけは、避けたいですね。人生、集大成という時期に入ったところで、人生の多くの記憶が消えたり、自分がわからなくなったり・・・・、本当に避けたい。こわい話です。

この映画を、現代の社会が抱える大きな問題提起と捉えれば、こんな事態を誰が支えていくのか?

社会福祉が進み、地域が、国が、支えるシステムも必要であり、非常にありがたい。しかし、この映画は、家族が支えるのが最高と強く主張しているようにも感じました。やはり、これが本当に理想ですが・・・・。家族の負担は軽くはない。これからの高齢化社会、自分の順番も、すぐそこに見えてきました。果たして果たして・・・・。


若干、二十歳前後のNicholas Fackler の作品です。ほとんど、私から見れば、子供世代です。浅はかな、ジジイの知恵をしのぐ、すばらしい作品でした。ありがとうございました。



ありがとうございました。















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