NKHの番組でサンデル教授を見て。


昨夜の番組で、久々にサンデル教授の授業と云うか、討論会と云うか、興味深く見させていただきました。

メンバーも、台湾、日本、アメリカの大学生だけでなく、政治家、学者、芸能人、スポーツ人と多彩でした。



テーマは、格差だったと思う。


格差が許されるかということについて、報酬の得方、税制のあり方について、

討論され、多くの意見を、上手く、引き出されながら、まとめられながら、

結論は出さないと云う、いつものやり方をされたと思う。

結論を出さないと云うことで、物足りなさも感じたりでしたが、反面、これこそ民主主義の授業だとも思った。


これが、行政の場であれば、結論の為の議論であるはずですが、

教育の場では、結論の無い、この多様な考え方の議論が、

そして、それぞれの考え方がが尊重されているところが、

サンデル教授の授業のすばらしいところだとも思いました。


今夜のテーマの一つ、

格差は公平かどうか。


それは、集団の利益が優先されるか、個人の利益が優先されるかと云う考え方があると思う。

資本主義の考え方では、やはり、集団より個人の利益優先の考え方の上に成り立っていると思う。

それは、基本的には、報酬こそが、努力をする為の最大の原動力になっていると云う考え方だ思う。


この発展してきた社会の中ではこれで良かったと思う。

しかし、これから将来の社会を作るにあたって、

資本主義、市場原理主義の考え方だけをベースにして、良い社会が維持、発展していくのだろうか思う。

ましてや、今夜のテーマの格差の是正を議論して意味を成すのだろうか。


個人的には、

資本主義は、ある意味、民主主義とは云えなくなって来ているとも思う。

既に、どちらかと云うと、現代の封建主義、封建社会になりつつあるとも思う。

昔の封建社会は、武力、権力による封建社会だったが、

現代は、金による封建社会になりつつあると思う。


武力も、権力も、封鎖され、民主化されてきたなかで、

その過程の中で、金は、悪でなくて、善としてのイメージが作り上げられてきたと思う。

金こそ、幸せへの切符だと考えるようになってきた。

お金は、その役目も十分果たしてきたと思う。


しかし、お金は、二面性を持つとも思う。

それは、多くの善の部分と、

隠れた悪の部分があると思う。


それは、現代では、お金は、かつての武力以上に力を持ち、権力以上に権力を持っていると思う。

そのお金の力は、その実態は、かつて無い、現代の封建社会なのかもしれない。

目に見え無い、封建社会かもしれない。


士農工商の封建時代は身分がはっきりと決まり、一生その身分からは出られない社会だった。

確かにその制度は、消え去って、壁は無くなった。

制度の上では、確かに、壁は無い。

個人の努力で、如何様にもなる。

これが現代社会だ。

一見、理想の社会に見える。


しかし、

本当に、個人の努力で如何様にもなる・・・。

本当に、如何様にもなるのだろうか。


この考えは、正しく社会に機能しているのだろうか。

本当に、貧乏な人たちは、努力が足りなくて、

金持ちの人達は、人の数倍の努力をされているのだろうか。



例えば、野球選手のレギュラー9人に努力すれば誰でも入れるとは、

誰も思っていないと思う。

努力の前に、才能が必要なわけだ。

才能が、有るだけでもだめだという。

才能プラス努力と云う事になる。

プロ野球のレギュラー9人に入るには、日本では、9人X12球団=108人。

これだけの枠しかない。

つまり、才能と努力の前に枠がある。


つまり、そこまで、選ばれた者達だから、高収入になって当然と云う考えになる。


逆に、だれでも、と云うわけにはいかない、いくら努力してもと云うわけにはいかない、

才能なくしては、そこには入れないことをも意味する。


これは、野球だけではなく、すべての、社会構造の隅々までをなしている。

つまり、才能無き者、つまり、弱きものは、お金持ちの扉さえも開けられない。

つまり、弱肉強食。

つまり、資本主義の本質は、弱肉強食にある。


発展途上にある時、これは、大きく力を発揮してきたと思う。

強者が引っ張る。

弱者が追いて行く。

弱者が支える。

こんな、構図があった。


しかし、成熟社会となった今では、

弱者は置いていかれ、

強者はますます、強くなり、

格差が生まれ、

その格差も、更に大きくなってきた。


サンデル教授の話では、

日本では、トップ1%の金持ちが日本全体の20%を保有し、

更に、アメリカでは、トップ1%の金持ちでアメリカ全体の40%を保有していると云う。


昔は、アメリカンドリームなる言葉があった。

サクセスストーリーも、多くの人達の間で、沸き起こっていたと思う。

これが、自然の格差是正のシステムにもなっていたのかもしれない。


格差が開く、これは、自然の格差是正システムが、機能しなくなったことを意味しているのだと思う。

つまり、かつてのアメリカンドリームも夢のまた夢になっているのかもしれない。


一国の財産、地球の財産も決まっている。

その中での、陣取りでしかない。

独り占めする思想をこのまま継続するか、

皆に分け与える思想を発展させるか、

格差の問題は、成熟社会の最大の問題のように思えてきた・・・。


過去の多くの偉人達は、皆の幸せ、社会の幸せを望んでいたと思う。

お金は、幸せへの、必須のアイテムには違いない。

使い方次第で、個人だけが幸せになるか、社会全体が幸せになるかが決まる。


格差が問題になった。

それは、容認できないほど、格差が大きくなってきたと云う事だと思う。




格差とはなにか、公平とはなにか・・・、

サンデル教授・・・、

今夜も、

難しい、大事な問題を提起されたように思います。




ありがとうございました。