温かい社会、冷たい社会。


いま、国会中継を聞くとはなく、聞きながら仕事をしていたら、このテーマについて書きたくなりました。


すごく、大きく見て、人間、日本人は幸せになってきているのかどうか?という素朴な疑問に突き当たる。

その後、なぜ、このような疑問が沸くのかと考えると、やはり、そうとは言えないという事だと思う。

違う目で見れば、なぜ、科学も経済も進んできているのに、日本人は幸せになれないのか?と云う素朴な疑問も湧き上がる。

よく云われるブータンの幸福度の尺度で見れば、かなり、点数は落ちているのだろうと思う。

素朴になぜ?

科学も、経済も、超一流の国に、幸福感が無い。

とてもおかしな話に思える。

人間が幸福になる為に、科学も、経済も追及してきているはずだと思うが、この状況は、どのように理解すればよいのか?ということにもなる。


年金問題では、少子化で、将来、若者一人が、年寄り一人を支えなければならないと云う議論が、正論に聞こえてくる

こんな、話をされると、若者は夢も希望も持てなくなってしまう。

科学は、経済は、全く、人間の幸福に寄与できていないと云うようにも聞こえる。

仕事の多くは、ロボット、コンピュータが、多くをになって来るようになったら、人間はその分、楽になると云うのが、50年前のしなりおではなかったか。

定年まで、骨身を削ってでも、懸命に働き、、退職すれば、豊かな老後は画策されているはずではなかったのか。


本来、政治の仕事は、国の、国民のシナリオを描き、そのための巧みなるハンドリングが出来る、卓越した政治能力がある人たちが、議員になられているのではなかったのだろうか。

現在の政治は、尻拭い政治にしか見えない。

後から手当てをする政治にしか見えない。

それを、まことしやかに、弁舌を重ねる。


本来の政治、国民の幸せはなにかを考え、それが先に有りきの政治を期待したい。

少子化の時代になっていくと、確かに人間の頭数から言えば、一人が一人を支える計算になるだろう。

しかし、こう考えることもできる。

それほど、科学も経済も発達してきた。

一人の老人を、一人の若者だけではなくて、若者と幾つかのコンピュータと機械とロボットが支えると考えるのはいかがだろうか。

この発想が実現できれば、

出来たとき、初めて、科学の発達も、経済の発達も、人類の幸福に、深く関わることが出来るといえると思う。

出来なければ、人間が使われるだけではなくて、はじき出されてしまう。


きっと、何がどう発達しようと、科学でも、経済でも、・・・、それをコントロールする役目の政治が発達しない限り、人間の幸せはこないと思う。

この50年間、高度成長を支えてきた、日本国民と、科学と経済は大きな発達をしてきた。

しかし、政治はどうだったのだろうか。

同じように、高度に発達してきたのだろうか?


だれか、政治家で、日本人の将来の幸福像はこれです、と言い切ってくれた政治家はいたのだろうか。


そうといえる、言い切れる、偉大な政治家が出てこない限り・・・。


そんな人が、出てくることの予感もあり、いや切望がある。


ここまで、すべてが進歩してくると、政治が更に進歩しない限り、日本は、てんやわんやの
日々から抜け出すことはむつかしい。

民間の活力で・・・、と云う言葉を聞くと、これは、政治力の欠如であるようにしか聞こえなくなってきてしまった。

今から将来に向けて、もう、科学の発達も十分出来てきた、これ以上必要は無いかもしれない。

今だけでも十分、人間を幸せにしてくれるレベルはあると思う。

経済も、十分だと思う。

問題は、それをコントロールするべき力、政治力だと思う。


消費税増税問題も、本当に国民の幸福の為にが、ベースになって考えが進められているのだろうか。

傷があるところの修復はもちろん大事だと思うが・・・、政治が、国民の幸せを担っている、と云うところも、ビジョンも夢もさらに大事だと思う。










申し訳ありません。書きなぐっただけの、訳のわからないブログになったかもしれません・・・。




ありがとうございました。





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