わが心のジョージア レイ・チャールズ物語。


わが心のジョージア レイ・チャールズ物語を読み始めた。

きっかけは、DVDを借りてみて、図書館に行くと、この本が目に留まってしまったからです。


1995年に帰国するまで、アメリカに8年半いたのに、残念にも縁がなかった。

しかし、あまりに、映画のインパクトが強すぎ、彼の多くを、もっと、知りたくなった。


本を読む時間を創る所から格闘は始まって、

まだ、30ページ足らずしか読んではいない。

しかし、ブログを書こうと云う気持ちまで沸かせられるすごい天才だと感じました。


彼の天才ぶりは・・・、比較に、自分を思い起こしてしまいますが・・・。

月とスッポン、雲泥の差、天と地の差、・・・と、改めて、言葉の意味を突きつけられる思いがします。


自分を振り返ると記憶は5歳、6歳くらいからのような気がしますが、

彼の記憶は3歳には、既に、はっきりとある。

まねをして、たどろうとしても、全く、糸口さえも見えない。

さらに、彼は、3歳で音楽との出会いを知っている。

音楽の楽しさを既に知っていると云う、凄さは言葉が見つからない。

これは、佐村河内守の自叙伝を読んだときも、同じ思いを感じた記憶が蘇ってきた。


やはり、天才は、生まれて、しばらくの間で、既に、天才振りを示すものだと感心し、脱帽の思いで、読み続けていく。

彼は、音楽の天才振りと、苦悩が織り成すように始まっていくことも書かれている。


この苦悩も、尋常ではないこともわかる。


弟の目の前での、助けることもどうすることも出来なかった溺死。

自らの、緑内障での失明。

貧しさゆえの苦悩の数々。


しかし、

彼の幸運は、愛情の豊かさにあると、つくづく思い知らされる。

子供にとって、総てを、苦とせず、克服できるキーワードは、母の愛情に勝るものは無いと痛感させられる。


母と子の、愛情のつながりを寸断させようとするものは・・・、

一つには、考えられないような貧困。

盲学校の寮からも、全員帰宅するというクリスマスの日にも帰宅できない貧困。

汽車賃が、すら、無い貧困。

それに伴う、残されたものの孤独。

母も、心を鬼にして送り出し、一刻でも早く会いたいだろうという気持ちさえも耐えていく気丈さ、我慢強さ。

言葉を失うほどの、不幸の日々に、負けない心に、愛情に感じるものは大きい。


貧困、これ程の貧困は日本では、既に、無いと思う。

しかし、これほどの、愛情も無いかもしれない。

これほどの、凛とした姿勢も無いかもしれない。

失ったとも感じる部分は多い。


かつて有った、日本の宝に出合える思いもした。

一番大事なもの、親子の情愛。

特に母子の情愛は、金銭、物品、贅沢を凌ぐ。

それは、失明と云う病苦までも凌ぐ、乗り越えていく。

母と子の情愛の凄さを教えてもらった。



彼の、音楽への、天才ぶりは、音楽が好きと云う一点から留めなく流れ初めて来ているのだろうと思います。


自分を振り返ると、これが好き、と云う概念はいつ、何に生まれたのだろうと思い返してみる。

無い。

と云うのが、正直な実感だと思う。

言い換えれば、好きでもない物を、でも、やって来たと云う感覚もある。

この年、60歳になれば、好きなことといえるものも出来てきた。

やっとであると思う。

音楽を心から好きになれた。やっとであると思う。

余りに遅い。

やっと、人生終盤に差し掛かっての気付きとは、我ながら情けない。


レイ・チャールズ、人生の出発で出会えた、好きな事、音楽。

うらやましくもあり、その才能のすばらしさには、凡人としては声も出ない。

受ける恩恵に、すばらしい音楽に、感謝あるのみです。


しかし、音楽は本当にすばらしい。

音楽そのものもですが、

多くの、天才に出会える。

CDのジャケットに、目を落とすと、作曲者、指揮者、演奏者の天才振りには、驚きと賞賛しか感じられない。


遅く、遅く、遅すぎたけれども、音楽のすばらしさに、音のすばらしさと共に、多くの天才に出会えたことも、本当にありがたい。





ありがとうございました。






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