レイ・チャールズの映画。


レイ・チャールズの映画をDVDで観ました。

何かをしながら、2〜3回は観た記憶がありますが、じっくり観たのは初めてでした。

それは、音楽映画は良い音声出力で観たいと気持ちの中での鑑賞でした。


こだわったのは、もちろん真空管アンプですが、実は、映像にも真空管ブラウン管で観たいとう思いも強くなってきていたわけです。

すでに、真空管ブラウン管のTVは家の中には無い。

気が付くのが遅かった。

既に、処分された後だ。

液晶の超きれいな画像と、アナログ丸出しの真空管アンプのかもし出す音に、少々の違和感を感じ始めて・・・。


まだ、探せばブラウン管TVは手に入るレベルだろうと思い、考えを巡らせた。

知人、電気屋、リサイクルショップ、廃物処理のお店・・・、そうだ、そこだと思い、近所の国道沿いにある、TVなどが山と積んである場所に出かけてみた。

そこの人が出てこられた。

TVをわけてほしいと話すと、不思議そうな顔をされた。

通常、逆だ。

さぞ、貧乏人だと思われたと思う。事実には間違いないが・・・。

実は、出来るだけ大きなものが欲しかったが、一人で運べる最大のTVに妥協して、交渉をさせてもらった。

1000円!で頂いた。

親切にも、進んで動作チェックをしていただいた。

雨ざらしで、放置されていたにも関わらず、綺麗な画面が現れた。いい。嬉しい瞬間だった。

もちろん、TVは見るつもりは無い。

DVDさえ映ってくれれば、最高だった。

何インチだろう、かなり大きい。

車には、2人乗せた。


事務所に戻り、地下室まで、どうやって、このでかいTVを運ぶか?

幾多のガタン、がたんと、ショックを与えたが、地下室に到着。

電源を入れるのは少々恐かった。

配線がショックでショートでも起こし、爆発、炎上?しないか。

心配をよそに、綺麗な映像が現れた。


一番目に観たい映像、それは、レイ・チャールズの映画だった。


真空管アンプで、彼の音楽を聴き、

真空管ブラウン管TVの映像で観る。

ついに実現した。


昨夜は、仕事があった。

確認だけと思いながら、数分鑑賞すると駄目だった。

ブレーキを掛けられなくなった。

ついに、最期まで観て、聴いてしまった。

その後、仕事を済ませ、家にたどり着いたのは、2時を回ってしまっていた。


眠気と疲れの中に、

良い映画をじっくり観た喜びみたいなものと、

このアナログコンビの映像と音の競演に充実感はあった。

ブラウン管の映し出す柔らかな映像と、真空管アンプのやさしい音色は最高だと感じた。


もう一台、ブラウン管TVが欲しい。

のこり少ない人生にはもう一台予備があれば十分だろうと思う。


いろいろと好きなミュージカル映画を観てみたいとも思う。

次は、子供の頃みて、目を奪われた「サウンドオフミュージック」が観て、聴いてみたいと思う。


映画の内容?

それは、もちろん、多くの感動がありました。。

暗闇の中で、心の光を必死で追い求めていた人生だったのかなと深く感動させてもらいました。

溺れてはいけない、頼ってはいけない薬物。

暗闇と薬物と音楽と女・・・そして、黒人差別。

そして、最期には総てに打ち勝った。

自分にも、黒人社会にも、人種を超え、生きている総ての地球上の人間総てに、幸せを届けた。

いや、未来の人間にも音楽を通じて、幸せを届け続けるだろう・・・。

天才、崇高なる人、レイ・チャールズ。

ありがとうございました。


彼のご冥福をお祈りしたいと思います。


レイ・チャールズ婦人にも頭が下がる思いがしました。

彼女の内助の功、夫への理解、愛情、我慢、すべて物凄く高いレベルの女性でした。

きっと、レイ・チャールズのなかでは、彼女あっての人生といわせしめたのではないかと思います。

ありがとうございました。





ありがとうございました。









あらすじと良い評論を見つけましたので、ご覧いただければと思います。

http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tydt/id321431/

「Ray/レイ」フォックスは物まねの域を越え、まさにレイになった。これは、美化せずに偉人を描き出した傑作

 誰もが知る著名人の生涯を描くとき、俳優が陥りやすい罠。それはその人物の物まねになってしまうことだ。力道山を演じたソル・ギョングは、演技の邪魔になるから彼自身を研究しなかったと発言したが、生前に本人からお墨付きをもらってレイ・チャールズ役を獲得したジェイミー・フォックスにとって、レイ自身を無視するわけにはいかなかっただろう。しかしフォックスは、形態模写から入りながらも、物まねの域を越え、内的に同化して、まさにレイになった。これは、美化せずに偉人を描き出した傑作であると同時に、伝記ものがブームの様相を呈している意味を明快に伝えてくれる作品でもある。 非難を浴びながらも教会音楽とR&Bを融合させ、黒人のルーツをたどりつつ「魂」を弾き語るジャンルを確立した音楽界のパイオニア。端的に描かれるその事実だけで、『ブルース・ブラザース』と「いとしのエリー」のカバーでしか彼を知らない世代は、目からうろこが落ちるかもしれない。何よりも素晴らしいのは少年時代の回想シーンだ。ジョージア州で幼くして失明した彼を毅然とした態度でしつけた母の教えと、トラウマとなった弟の溺死。ハンディを背負いながら生きてきた苦を見せつけず、時折フラッシュバックで挿入される母と大地の原風景が、常にレイを鼓舞する。 人種差別に立ち向かい、仕事に没入する一方で、クリエーティブを優先して家庭を放り出し、ヘロインと女に溺れた。それは人間レイを描くうえで必要不可欠なエピソードだ。ヒットを連発し、次を期待されればされるほど、破滅的になっていく様が痛ましい。そんな人生のあらゆる局面が歌詞となり、リズムになっていく。彼自身から紡ぎ出される聖と俗が同居した音楽。豊富な音源で構成されるエピソードの数々。その裏側にあるものをしっかり見つめようとする演出は、斬新さこそないが、誠実さを感じさせる。おしむらくは、きれいにまとめすぎてしまったエンディングか。オリジナル脚本が枯渇し、VFX映像がイマジネーションをかきたてなくなった時代。アメリカ映画は、もう一度「人間」の可能性と、「物語」の力を再確認しようとしている。(清水 節) (PREMIERE)

[2005年03月03日 更新]








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