知人が逝った。

最近有名人で、長門裕之、少し前に児玉清さんとお亡くなりになられた。

知人の、葬儀に参列し、故人を偲びながら、人間の生と死について、考えてみた。

児玉清さんは、日曜日、自宅でぶらぶら過ごす時、TVにはごく自然に、アタック25が映っていた。無いと何故と思うほど日常の生活の一部のような感覚があった。ご冥福をお祈りしたいと思います。ありがとうございました。

長門裕之さんは、いいおとこ、いいおじさんのイメージが強い。奥様の南田洋子さんの介護の様子には、人間として頭の下がる思いがした。俺もこうありたいと、感じた人は多いと思う。奥様が亡くなられたとき、お元気だったと思う。何も病んでおられる話は伝えられなかったと思う。しかし、次に聞いた話は、訃報告げるニュースだった。



ご冥福をお祈りしたいと思います。ありがとうございました。


娘が生まれた時、立ち会った。娘の人生の始まりを知りたかった事もあり、妻の頑張りも見たいとも思った。生命の神秘にも触れてみたいとも思った。

生の始まりに立ち会ったのは、一回きりになった。

それから、20年余り、多くの方のお送りをさせてもらった。

次第に自分の番も確実に近付いてきているとも思う。

一番堪えたのは母の死だった。一番残念に思ったのは弟の死だった。

多くの知人のお見送りの中で、多くのご親族の方々の悲しみを見てきた。

本当の死の悲しみを理解する事が出来るのは、親族の死だろうと思う。

知人のお通夜、と、ご葬儀と参列した。

葬儀になると、ご遺族のお悲しみは、より大きく感じた。

この時、胸に去来するものは、故人の偉大さだと思った。

果たして、自分が亡くなったとき、これだけ悲しんでくれる人がいるだろうか、どうだろうか。

数ではなく、深さが物語ると思う。

男、一世一代、成し遂げるもの有りや無しやとも考えてみた。

彼には、立派に成し遂げられたものがあったと思う。

自分にも問うてみる。有りや無しや。難しい自問自答だ。無しとは答えたくない。しかし、有るとも答えられない。

自分と比較して、彼の人生は、明らかに立派だったといえると思う。


義父の事を思い出してみる。

妻の父、つまり、義父が亡くなられた時、生前、抱きかかえる機会があった。その時、軽いと感じた。

あの恰幅の良い義父が、決して、背負う事もままならぬと思っていた義父がすごく軽かった。

最後は、こんなになるんだ。苦しいだろうな、とその時感じていた。


知人の葬儀の、最後のお別れに、知人に花を一輪、側に置いた。知人も祭壇のにこやかな、ふくよかな笑顔とはかけ離れていた。やせ細っていた。最後の合掌をしながら、御礼、ご冥福の言葉を交わした。

やはり、恰幅の良かった知人を思い出しながら、やせ細った顔に別れを告げたとき、思った。


義父も男っぽかったが、知人もそうだった。

どちらも、あの恰幅の良さから、亡くなった時の、骨と皮を残すのみの痩せ様は想像できない。

きっと、体の総てのエネルギーを使い、使い果たすまで、生と死の狭間で、生への思いで闘っていたに違いないと感じた。

ひょっとすると、エネルギーさえ、体力さえあれば、まだ戦えると、強い意思をもっていた様な気がする。

最後は、気持ちが負けたのではなくて、エネルギーが枯渇した、臓器が動いてくれなくなった。

そして、眠るように昇天されたのだと思う。


やせ細ったご遺体を見て、惨めだとは決して思いたくない。

男、一代、渾身の力で、生との戦いを戦い切った、勇者の亡骸だと感じたい。

きっと、そうだと思う。


ご冥福をお祈りしたいと思います。

本当にお世話になりました。ありがとうございました。


生も死も神秘だ。大切にしたいと思う。



ありがとうございました。