浅草もアメ横も20年後の存続は。

アメリカにいた時、約25年前近くになりますが、一つのカルチャーショックを受けた事を思い出しました。

それは、特に、ロスでは、巨大ショッピングモールと、スーパーマーケットの巨大さだった。

有り余る、無料駐車スペース、大空間、大量陳列、大量購買の様には圧倒された。

日本では、無理だろうな。有り得ない。と当時の、アメリカの風景に圧倒されつつ、楽しむことが出来ていた、30代半ばの自分がいた。

それから、約25年足らずで、日本も同じ風景に変わってきた。政府の行った、規制緩和だ。ここから多くが始まった。始まった当時は、日本独自の古い文化と、生活に便利な新しいシステムに、生活を満喫する贅沢な環境になった。

しかし、共存することの難しさか。みるみる、そのバランスは崩れてきた。古くからの商店街は、みるみる内に、弱体化してきた。多くの顧客は、ショッピングモールに行き先を変えた。

価格、品揃え、駐車場・・・と商店街が勝てる要素は見当たらない。

跡継ぎ問題も深刻になった。売り上げが落ちると、跡継ぎがいない。跡継ぎは、サラリーマンに職変えとなって来た。地方の町では深刻だ。シャッターが下りている店が多くなってきた。

町で目立つもの、それは、すごいスピードで、コンビニと近代的なショッピングモールに変わった。どの町に行っても、同じ看板のコンビニ、同じ造りのショッピングモール、規模の大小があるだけで、イメージはほぼ同じだ。

古くからの商店街の活性化に苦労されている、この方々の苦労はこの波に対抗するには、小さく無力に見える。

このごろ、この商店街の維持は、とても大事なことだと思う様になってきた。商店街は、その地方のイベント、季節毎の祭りにも少なからず、大きく関わっている。それは、日本人の一つのこころだ。と叫んでもいい。

商店街が、生き残る、道は無いものだろうか。

2代目、3代目と、子供たちが引き続いていくには、今のままでは不可能のようだ。

地方都市では、すでに末期状態に見える。それは、本来、郊外型だったショッピングモールも、最近では、地方では、地価の安さも手伝って、かなり、身近な市内にも、商店街のすぐ傍にも出来ている。

商店街が維持できるのは、大都会だけかもしれない。大都会、東京、大阪の地価はショッピングモールの進出を防いでいるかも知れない。

思い起こせば、アメリカでは、既に、その様相だった。すごいといえばすごいが、便利といえば、超便利。しかし、殺風景といえば殺風景だった。

このままだと、地方では、日本中どこに行っても、同じ風景が待ち受けることになるかもしれない。

そこここの、全国の地方名物商店街は、維持し続けることが出来るのか。観光名所のお土産売り場も大丈夫だろうか。

確かに、ショッピングモールは便利。それを否定は出来ない。

しかし、便利さ追求だけの為に、便利さの為だけに、情緒、大げさに言えば、日本のこころまで、失って行く事になってもいいのだろうか。便利さだけ、安さだけには無い、価値がある。日本人の心の琴線に触れる、心を育ててくれる価値はあるはずだ。

ふうてんの寅さんが20年後の日本の風景を見て、何と感じるだろうか。

世界遺産も大事だが、地方を彩る、商店街も大事だ。

便利さと安さは、人間を腐敗させるという一面を持っているかもしれないと、そんな不安を感じてきた。

・・・。


ありがとうございました。