事務所のパソコン。

先日から、事務所のパソコンがおかしい。息絶えだえだ。

windows XPだから、かれこれ10年近くがんばってくれたのかもしれない。windows Xpが2001年の発売のようだから、ほぼその時期に購入したと思う。

エクスプローラで、接続されてるはずのハードディスクの表示がない。というところから症状を発見した。

昨日、事務所に泊まりになってしまった。看護婦まがいであり、看病人まがいの心境で、自分なりにチェックしてみた。BIOSを覗いてみた。

ここ、ず〜とまったく必要としていなかったことなので、表示に従って、探検となった。ハードディスクもDVDも読まれていないことが解った。読むコマンドを実行しても、反応は無し。数度繰返してみると、一度繋がった。

そのまま立ち上げて、windowsが開いた。しなければならない仕事を試みた。このパソコンは、インターネットとFAXの受信を受け持っていた。インターネットはともかくとして、届いているはずのFAXを開いて、プリントアウト、成功した。これで、仕事に差し支えはとりあえず無くなった。

金曜日の夜の出来事だから、週末にその後の対処は出来る。と胸を撫で下ろした。

それから、インターネットに繋いでみた。繋がった。いつも使う画面をいくつか渡り歩いているときに、止まった。総ての操作が効かなくなった。ハード的に電源OFF、再びON。しかし、ここから、再度、再再度トライしても立ち上がってくれることは無かった。

ついに、死んだ。と人間のように感じてしまった。

かつて、機械でも、電気製品でも死んだとは感じたことは無い。壊れたと感じるものだと思う。それはON、OFFの世界で、原因もシンプルだ。

コンピュータは、やはり、感覚的には、人間に近いのか、ON、OFFの間をさまよう。機械だからありえない。コンピュータだから、答えはいつも同じ、と思っても、何か可能性を探るし、答えてくれる感覚も感じたりする。

微細な構造と、微弱な電流で動いている分、まるで、古くなると、動脈硬化が、起きたか、欠損したか、と人間を見るような目で見てしまう。

一番の原因は、人間と同じく、熱かも知れないと想像する。初めて見たがCPUの温度だと思うが、33℃と表示されていた。

時間を置くと、30℃まで下がっていたが、ついにこの日は再起動することなく、死んだと思った。

土曜日の朝、かまってやることなく、仕事に出かけた。昼に帰社してみると、何と、動いていた。その日に届いたFAXも取り出せていた。また、蘇ってくれた。こんな時、人間は、何という生命力かと感じてしまう。

きっと、想像では、マザーボードの、ハードディスクとの信号をやり取りするあたりのICが、劣化と、熱で、微妙な動きをしているように感じるが、あくまでも素人判断の域を出ない。

CPUは元気そうだ。頭脳も心臓も良好だが、神経が上手く働けないという感じに見える。

愛着という感情は微妙だ。今までの機械のように、一発で、二度と動かないという状態になれば、愛着が沸く暇も無い。

コンピュータには、パソコンレベルでは、代わりの回路も無ければ、当然ながら、自己修復機能も、ソフト的にはあってもハード的には無い。

それでも、このパソコンは生死の間をさまよい、まるで、生きようとするかのように見えたりする。

人間が如何に複雑で高性能に出来ているかが解る。故障すると代替機能があり、自己修復機能もある。

壊れて行き(死に)つつある、パソコンにありがとうと、感謝の言葉と、還暦を迎える、自分の肉体に感謝したい。

今回のパソコンから、大事なことを教わった。、それは、ハードが死んだら、ソフトも消滅するということ。しかし、パソコンのソフトに限っては、バックアップで新しいハードにそっくり100%受け継ぐことは出来るから、便利だが・・・。

しかし、人間はそう簡単には行かない。

人間はハード(肉体)の消滅とともにソフトも、ほぼ完全に消滅する。

いや、残された人々の心の中に、しっかりと残して頂くこともある・・・。

という人間に、残された時間を、頑張らねば・・・。



ありがとうございました。