映画「やさしい嘘と贈り物」を見て。 




GOO映画より
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD15883/story.html
解説 - やさしい嘘と贈り物

「エド・ウッド」のマーティン・ランドーと「アリスの恋」のエレン・バースティン、2人のオスカー俳優が共演。独り暮らしの孤独な老人が、美しい女性と出会って生活に潤いを取り戻すが、彼女は実は…。大人の恋愛と家族愛をやさしいタッチで描いた物語。監督は、本作がデビュー作となる24歳の新鋭ニコラス・ファクラー。

以下をハイライトすると結末までのストーリーが現れますのでご注意ください。

あらすじ - やさしい嘘と贈り物


孤独な生活を送る老人ロバート・マローン(マーティン・ランドー)のもとに、ある日、夢のような出来事が訪れる。スーパーでの仕事を終えて帰宅すると、そこに一人の美しい女性がいたのだ。メアリー(エレン・バースティン)という名のその女性は、通りがかったロバートの家の扉が開いており、住人のことを心配したのだと語る。立ち去る間際、彼女はロバートを食事に誘う。久しぶりとなる女性とのデートに心躍らせながら、若いスーパーのオーナー、マイク(アダム・スコット)に、その出来事を相談。当日、慣れない場に苦戦しつつも、小洒落たレストランで楽しいひと時を過ごすロバート。そして2人は“絶対に物事をあきらめない”という約束を交わす。こうしてロバートとメアリーの交際が始まる。メアリーの娘アレックス(エリザベス・バンクス)からは、メアリーがロバートに好意を寄せていると知らされ、まるで10代のような恋にときめいてゆくロバート。そして2人で訪れたクリスマスパーティー。そこでロバートは、メアリーと会話する男を彼女の別れた夫と勘違いして罵倒してしまう。だが、それはロバートの弟、バック(ジェームズ・デヴニー)だった。弟の顔をすっかり忘れてしまったロバート。さらに、彼の中で彼女を失うことに対する恐れから、嫉妬心が膨れ上がってゆく。そして、彼女の電話番号も彼女の苗字も忘れてしまっていることに気付いたとき、パニックに陥る。混乱してメアリーに八つ当たりするが、昔の自分の写真を目にして、すべてを思い出してゆく。ロバートは、あらゆることを忘れていた。スーパーのオーナー、マイクは自分の息子であり、メアリーの娘だと思っていたアレックスは自分の娘でもあり、恋に落ちた相手は自分の妻だったのだ…。倒れて病院に運ばれるロバート。助からないという医者の言葉にも、“あきらめない”という約束を胸に、メアリーは最愛のロバートのもとを訪れる……。

ここから普通の表示になります。

久々に、映画を見ようかなと思いビデオショップへ、出会ったのがこの映画でした。人間ストーリーが好きですから、目が止まった訳ですが、お年寄りの恋愛?変、と思い、棚に返すつもりで、裏をちらっと見て、驚いた。

脚本を書いた人が17歳とか19歳だったと思います。こんな若い方が、老人の恋愛小説?と思いながら、棚に置こうとした手が止まり、受付カウンターに差出てしまった。

興味本位だった。決してこんなに若い人に描けるはずはないと思っていたので、どのレベルまでかが、興味の的だった。

全体の3/4位まで、感心しながら、話は淡々と進み、結末はどう結論付けるのだろう。この映画の最も訴えたい事は何だろう?と思いながら、見続けました。

途中、気になる言動、シーンは少しありましたが、深く考えることも無く、迎えた終盤、自分の思慮の浅さを思い知らされました。

そうそう、ネットで、脚本も監督もNicholas Fackler 24歳と云う事も知りました。この若い人がここまでの、映画を作るとは、驚嘆です。

この映画の、一番訴えたかったことはなんだろうと考えてみると・・・・。



以下、映画を見ていない人の為に、反転しておきます。見た人は、文字をハイライトしてみてください。

                                

原題は「lOVELY, STILL」 だから、「いとおしさがまだある」と云う事だと思います。妻の気持ち、又は、気が付かずとも、再び蘇って来た夫の気持ち、つまり、その両方にあるいとおしい気持ちということでしょうか。

作品では、夫が痴呆症だったというのが、本当に、最後の最後辺りで、本人の気付きと共に、観客にもはっきりと理解できるように組み立てられています。このクライマックスには、本当にしてやられた感があります。製作者の意図にまんまと嵌ってしまいました。

この作品は、考えようによれば、恋愛モノでもあり、見方を変えれば、物凄いスリラーでもあり、そして、現代の社会が抱える大きな問題の問題提起でもあると思いました。色々と、深く考えさせられる映画でした。

恋愛モノと考えて、考えを進めていくと、多分、最高クラスの出来栄えということになると思います。普通、恋愛モノは、主人公が若くて、最後は、困難を乗り越え、ハッピーエンドになるストリーが多いと思います。その後は勿論知る由もなしとなり、死ぬまでこの二人は、この情熱を愛情を持ち続けていく事が出来るのだろうか、と考えても仕方ないことを、ふと、巡らせてしまったりもします。

その点、この映画は、総ての恋愛映画の完結編です、では無いですが、痴呆症を除けば、良き人生の終盤を表現しています。主人公、夫は、人生の終盤、年老いて、まだ尚、ティーンエイジャー頃の精神的な純粋さを、残しています。これって、果たして、どれくらいの人が、持ち続けることが出来るのでしょうかと、思ってしまいます。

痴呆症になったからこそ、純粋さを持ち続けられたのか、それとも、彼の性格で、そうであったのかは、どうでしょう?どうなんだろうと考えてしまいます。

前にも書きましたし、しらけた話になりますが、動物学的には、多くの場合、熱く恋愛の続く時間は、3年位だそうです。原始の昔は、3年周期で新しい恋愛が始まっていたらしい。

この映画のように、この熱い純粋な恋愛感覚を、一生持ち続ける事が出来た、主人公、夫だったとしたら、何としてでも見習いたいところだと思います。

しかし、ともあれ、人生の最後は、かくの如く、家族と共に、愛情で結ばれたままで終わりたいと願いたい。

見方を変えて、物凄いスリラーと考えれば、本当に、恐怖そのものです。痴呆症になる恐怖は誰にでも、現代では、特に、長寿になった分、感じていると思いますが、ここまで映像化されると、その恐怖を、体験させられた思いがします。

いったん痴呆症になったら、何も思い出さずに早く終わりたい。そんな思いにさせられました。

う〜ん、やはり、痴呆症だけは、避けたいですね。人生、集大成という時期に入ったところで、人生の多くの記憶が消えたり、自分がわからなくなったり・・・・、本当に避けたい。こわい話です。

この映画を、現代の社会が抱える大きな問題提起と捉えれば、こんな事態を誰が支えていくのか?

社会福祉が進み、地域が、国が、支えるシステムも必要であり、非常にありがたい。しかし、この映画は、家族が支えるのが最高と強く主張しているようにも感じました。やはり、これが本当に理想ですが・・・・。家族の負担は軽くはない。これからの高齢化社会、自分の順番も、すぐそこに見えてきました。果たして果たして・・・・。


若干、二十歳前後のNicholas Fackler の作品です。ほとんど、私から見れば、子供世代です。浅はかな、ジジイの知恵をしのぐ、すばらしい作品でした。ありがとうございました。



ありがとうございました。