ノーベル平和賞 劉暁波劉11132010

ひと月か?ふた月くらい前、同僚に誘われて、スタンドバーへ。そこのママさんは上海出身で、現在は日本国籍の持ち主。

35年位に旅行で、上海を訪れたことがあり、その時の中国の様子をお話ししますと・・・。

中国料理のご馳走には大満足でした。味、ボリューム、すべて若い私達には大ご馳走に感じたものでした。バスは、鼻付きバス(ボンネットバス)で郊外に出ると、広い大地に、片側一車線、街路樹が立ち並び、車道と街路樹の間に自転車がひっきりなしに走っていた。その数は日本人にとっては、大量だった。アリが巣の間を並んでひっきりなしと云う感じだった。河に到着すると、広大な河には橋はなかった。無いのも理解できました。それ程、広い河だったと強く記憶に残っています。バスは筏にエンジンが付いたようなフェリー?に乗り河を渡りました。この時、フェリーを待つのに予定を結構過ぎて待たされたのを覚えています。時間もJRのようには全く、行きません。こちらの気分も時計がスローに動き始めました。次の町が近づく頃、日が沈み始めました。全く暗くなると、バスはヘッドライトを消しました。スモールランプのみで走行しました。素朴な質問、誰もが何故?と思いました。ガイドさん曰く、「対向車に眩しくて危ないから、法律で決まっている。」とのこと。中国に来て良かった。これぞ異文化だ。

と、昔話を交え、現代はどうなっているか、酒の肴に、民間外交よろしく、話は弾んだ。中国が身近に、親しみがぐーっと膨らんだ。

それから、数日後、尖閣諸島での衝突事故、中国の反応、フジタの社員の逮捕、拘束と、事件が相次いだ。

日に日に大きく膨らんだ良きのイメージはしぼみ始めて、今では原点戻り、落ち込んでしまった。また、中国に行ってみたいと思っていましたが、行きたいとも思えなくなりました。

先日、上海の発展振りに、親しみを覚えながら、会話も色褪せてきました。そこのスタンドバーにも行きづらくなりました。それは、楽しい会話にはなるような期待が持てなくなりました。

そんな気分のこの頃、ノーベル平和賞のニュースが飛び込んできました。おめでとう、云うべきか、お気の毒にと云うべきか、どちらでしょう?複雑な気持ちで、記事を漏れ無く、読みました。

しかし、考え方、立場が変わると、人間関係って難しいですね。

反省、民間人レベルでも誤解を生むかもしれない刺激的な表現は控えるべき?

続きます・・・・・・・・・・・・。後日に



ありがとうございました。