The Sixtiethのブログ

自分なりにですが、人生の不思議を考えています。

2015年05月

自主性について

自主性について


人生の五箇条なるものを自分なりに作りました

自主性、創造性、創美性、協調性、利他性

です。


還暦を超えて、人生を振り返り、反省して

これだけは・・・とか

あったら・・・とかの思いがあります


その中で今日は

自主性

ということに思いを巡らせて・・・


小学校の教室に

『 自主性のある生徒になろう 』

みたいな言葉が、額に入れられて

正面の黒板の上にあったような記憶があります


担任の先生が心を込められて創られたような気がします

校長先生かもしれませんが

決して、教育委員会のさしがねではなかったのではないかと思います


心に響きものが感じられた

あたたかい思いも伝わってきた

そんな思い出として残っています・・・


自主性のある・・・

なんとなく、この言葉に押されて

人生は、操られてきたかな・・・

知らぬ間に、深層心理の中に刷り込まれていたのかな

という思いが還暦をすぎたジジイの頭の理解のような・・・です


もう一つ

『 みんなの役に立つ生徒になろう 』

というのも記憶のどこかにあります

つまり、この二つはセットで

子供の心に刷り込まれたような気がします


良い教えを、小さな子供の頃にいただいた思いがしています


自主性はみんなのために・・・

ここがベースなのかと改めて・・・感じます。


自分のことを自主的にとは言わない・・・です

考えてみれば・・・


自分以外のこと・・・みんなのことが対象です

身近では

家族、そして御近所

地域社会、会社、いろんな組織・・・等々


ボランティア

困っている人のために、自分の時間、労力を捧げる・・・


こんな事への心の準備、動きが

自主性と言えるのだろうと

改めて、考えています


今、すごく小さな会社を背負っています・・・が

自主性・・・

今更ながら

心を動かさられることばです


反省を込めて、感謝を込めて

改めて、胆に命じて

残り少なくなってきている人生


まだまだ、やることはある


頑張って・・・どこからか声が聞こえてきそうです



ありがとうございました。












 

犬を飼う

住宅地に住んでいると犬を飼っている人も多い

散歩している人を見かけると

いいなと思う


犬や猫の殺傷処分の記事なども目にとまって

最寄りの動物愛護センターに

行ってみようということになった

それが二年前・・・


出かけると、時期が悪く

子犬は一匹もいなく

まるで成犬にしか見えない一歳半位のメス犬がいた


全身で、愛嬌を振りまきなついてきた

子犬を見に来たつもりが

いないという感情も手伝って

帰ろうとした気持ちが強かったのですが・・・


その子の目を見ると

目と目が合うと

なんとも・・・という感情に


成犬になると、なつかないかもしれない・・・

しつけが出来ないかもしれない

などなど

ネガティブな感情ばかりでしたが


目と目が、会い

抱きついてくる、その仕草に

特別な相性のような感覚も芽生えてきてしまった


知ってか、知らぬか

その子の命は、一ヶ月を切っていたようです

殺傷処分の順番がまわってくる日までが・・・


私たちも手続きの時、教えてもらった記憶があります


きっと、自分の命

残されている命の長さを知っているかのようでした


考えてみれば、

その目から

そのふるまいから

嘆願されているようにも感じました

 
後で、引き取ったことに

現実生活に引き戻されて

家族で、多くのやり取りをおこない

返しに行くことになり

車に載せて、再び、動物愛護センターへ


駐車場についても、やり取りはつづき・・・

飼いたい、無理、飼いたい、無理、返そう・・・

結論は、車から降りることなく

Uターンして帰路についた


愛情たっぷりにその子に

救われる日々


しつけ?

不要でした

家の中で飼っていますが

本来、しっこ、うんちは外でという事を本能で知っているようです

自分の住まいを排泄物で汚さない

ことがあるように思います


8時間位は留守をしていることは多いのですが

そそうはしません

ドアを開けるなり

庭の、自分の決めた場所に行っておしっこをします。


飼う前に心配したことは

全くの無駄なことでした


動物は自分の清らかな生き方を本能の中に刷り込まれてようです

ひょっとすると

人間はしつけを教えているのではなくて

堕落を教えているのかもしれない・・・

とも感じるわけです


もし、動物を家族にしたいと思われていましたら

是非、一度、お近くの動物愛護センターに動物に会いに行ってください

そこには、汚れのない動物がいます


お金に換算されていない

人間のエゴに毒されていない

清らかな動物たちがいます


きっと、彼達は

ストレスでボロボロになったり

損得で毒された私達の心に

人間の清らかな気持ちを取り戻してくれます


命を救われた動物は救った人におおきなおおきな恩返しを

してくれるような気がします。









 

理不尽なこと

理不尽なこと

・・・・

理不尽なことが時として起きる


理不尽なことはなぜか・・・起きる



何故?


わからない・・・

だから、理不尽だと感じる


考えてみると

強者には起きない


弱者に起こる・・・


弱者・・・?


上司と部下

金持ちと貧乏人

買い手と売り手

大企業と小企業

怒りっぽい人とおとなしい人

年上と年下

男と女

エリートと凡人


どうでしょうか・・・

権力、武力、知力を持つと振り回す

これが人間といえば人間の本能・・・


これが生存競争を生き抜いてきた原動力・・・

人間が頂点に立てたパワーの源・・・


そんな、生存競争の争いは

20世紀で終わりにしようと日本人は思った

と思いますが・・・


21世紀になると成熟の時代

つまり、ゆとりの中で

ゆったりと、人間らしく生きていける

そんな社会になるはずでは・・・

なかったのか・・・


現実は、ますます競争は激化し

ヒートアップ


格差社会は大きくなるばかり

貧富の差は広がるばかり

こんな世の中を望んでいたのだろうか・・・


60歳まで必死で働いて

老後はゆったりとした生活

これが夢だった・・・


それが、夢のまた夢とかした


理不尽なこと

人生、理不尽なことばかりかもしれない

それは未来永劫に続くかもしれない・・・


足るを知る・・・

人間の欲は、足るを知らない


自然界の生物は足るを知っているらしい

その証拠は

菌による病気以外、不足による病気以外、環境による病気以外

には病気にならないらしい


足りすぎて病気になるのは人間だけのようです


理不尽なこと

人間の英知でこの世から無くなって!

と祈りたいと思います。









 

股割りをやってみて

知人に勧められて股割りをやってみることにしました


知人に曰く

腰痛は治るよ

と、その一言でやり始めることに


私は現在63歳、もうじき64歳

身体の潤滑油は切れかけ

本来硬い体は、ますます、硬くなってきています


前屈もままならないのに…開脚?

やってみると…90度くらい開くと

もう、痛い!


痛い上に、もう開かない。

開脚以外も同じく痛い、動かない


ここまで、身体の潤滑油がなくなっているとは…

嘆かわしい


日常の仕事に必要な動作は一つもないだけに

気にもしていなかったのしれないし

いつの間にか、時だけが

駆け抜けて行ってしまった…


硬いといっても、ここまでは硬くは無かった


と、思ったのが半年ちょっと前

風呂上がりに

毎日少しづつ

無理をせず

ともかく、毎日が大事という

知人の言葉に従い毎日毎日…


半年過ぎ

開脚角度が120度にはなった

なるほどなるほど

なるもんである


股は30歳くらい若返ってくれた?

ような気分になります


このままがんばって、180度まで…

いけるか?


それはともかく

腰痛が消えるといいますか

腰痛が起こらなくなったのは本当のようです


股割り開脚で

腰周り、お尻回りの骨に

生活習慣で起きている歪みが

正しいポジションにかえってくれるような感覚があります


若い時からやっていればよかったのに

と思っても

取り返しはつきませんが


遅かれながらでもやって良かったと思います

生活上、色々なストレスの中で生きていますが

体からの、痛み、病気のストレスを軽減出来ればと思います


股割り!

いい方法を教えていただきました


感謝です。











 

佐村河内 守氏について

昔、このブログで佐村河内 守氏について

彼の交響曲第一番広島について書いてきました

このブログが書けなくなって

しばらくすると

彼の不正がマスコミで取り上げられるようになりました

けじめを付ける為に

私の思いを書かさせていただければと思います


彼の行為は信頼を裏切るもので許されることではありません


私は彼の本を心を痛めながら読みましたし

彼の交響曲第一番広島は覚えるほど聴きました

そして、その都度、感動を覚えていました。


その頃の解説で、耳が聞こえるとか聞こえないとか

関係なく

曲は素晴らしいという評に同感していました


しかし、嘘は全くいけません

全く許されません

刑事的責任を問われているのかどうか

マスコミが取り上げませんので

きっと、問われてはいないのだろうと想像しますが…


法律になくても

人間として、やってはいけないことは沢山有ります


暴露されてよかったと思います

これで、ファンは騙されることを終えることができました


そして、彼にとってもよかったのではないかと思います


その後、交響曲第一番ひろしまを一度聴きました

やはり、心からこの曲を楽しめないままでした


何故、暴露されるという方法に至ったのか

円満な方法は無かったのか…

本人が、自らの口から何故説明出来なかったのか…等々


嘘の上塗りに終止符は暴露しか無かった…

ことは、虚しいですね。


交響曲第一番ひろしまが素晴らしい曲だけに

それが聴ける心境になれなくなったのが

一番残念です…


あらかじめ

新垣 隆との関係を説明していれば

二人で、世界に出れたのではと思いますが…


こういう関係は世の中では常に有ります

極端な例ですが

例えば、iPhone

スティーブ ジョブズが創りましたが

実務は技術者がやっているわけですから

どうして、このような関係で出発出来なかったのか…


じつは、交響曲第一番ひろしまが

好きで、名曲だと思い込んでいますから

その分、反動も大きく

こんなスキャンダルが嫌で嫌で

という、今の心境です


何十年か後に、このスキャンダラスなストーリを知らない世代が

この曲を聴いて、埋れさせないで…

と願うことにします…。



時代遅れの話で申し訳ありません。








 





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