The Sixtiethのブログ

自分なりにですが、人生の不思議を考えています。

2011年01月

甘えと感謝の目で見ると。

甘えと感謝の目で見ると。

世の中を甘えと感謝の目で見ると色々な気付があった。

まず、自分の人生を振り返ると、甘えと感謝のどちらが多いと思うか。

この問いかけに、どうだろうと思いを巡らせて見る。

そんなこと意識して、生きて来なかったというのが、一番正直な答えになる。

では、分析してみようと、思いつめてみると、物心付いた頃から、甘える事もしなかったと思うし、その分、感謝の心も、余り育たない自分がいたような気もする。

言葉では、ありがとうと、お礼は、その都度、欠かしたことは無いと思う。しかし、本当にその意味が解って来た時とは、何歳の頃だろうか。

本当に、深く理解できたのは、心の使い方が解り始めたと、以前書いた50歳あたりかもしれない。

理屈では、感謝の意味が、解っているはずだが、本当に解っているならば、ジジイのかんしゃく等出ないはずではないかと思う。

解っていても、押さえ切れない自分の弱さがあるということも云える。

もっと、深く、感謝の心が解れば、もっと平穏な日常が遅れる、ということなのかとも思う。

では、甘えはどうだ。

甘えが苦手な自分がいる位、不器用だから、きっとそれは少ないかもしれないと思う。

いや、それは思い上がりかもしれない。

人に迷惑を掛けたということは、立派な甘えだとしたら、やはり、多くの甘えの中で助けていただいて来れたことになる。

これまでの人生、もしかして、少なくとも、甘えX感謝=50%X50%で来れているかどうか、反省を込めて振り返ってみると、つもりはあっても、自信があるとは言い切れない。他人の評価はどうだろう。

これからの人生、甘えを少なくして、感謝の多い人生でまっとう出来るか。

現実の、第一の目標は、ジジイのかんしゃくのゼロ化だ。考えてみると、かんしゃくは甘えの範疇だった。まず、これが身近な、すぐに出来ることだと反省を込めて決意。



ありがとうございました。


ザッケローニ監督。

ザッケローニ監督。

日本に歓喜をありがとうございます。

選手の皆さん優勝おめでとうございます。歓喜をありがとうございます。

連日メディアが伝えてくれる、活躍、その裏話など、逃さず見てしまいました。

何かを越えた、何かがあった。

「勇気を持って、ゴールに突進した。」、 試合でした。

いつも、チームの為にと、選手の皆さんご自身が発言されています。まさに、今回、それが、最も、結実した大会では、なかったかと、感動をいただいております。

振り返ってみると、平和な日本・・・、ひょっとしたら、勇気を失いかけていた?忘れかけていた?かも知れない。

勇気、情熱、かつては溢れていた。疲れ果てた、希望が見えない、閉塞感に押しつぶされそう、どうする?打破する、やはり、強い勇気と情熱がいる。

それを、彼達、日本代表選手達が目の当たりに見せてくれた。そんな感慨にふけっております。ありがとうございます。


ありがとうございました。









ごぼう茶を飲んだ。

ごぼう茶を飲んだ。

友人にごぼう茶を勧められて飲んでみた。彼女は2年前くらいからTV番組を見て、レシピー通りに作って、以後、そればかりを飲み続けているそうだ。

ご存知の方も多いと思いますが・・・。

そのTV番組の紹介は下記です。

http://www.comecome-happy.com/archives/433tv/post_341/

念の為に、レシピーをコピーしておきます。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
【ゴボウ茶 レシピ(作り方)】
1:ゴボウの皮を残したままタワシで洗って、
 皮むき器でスライスします。

2:スライスしたゴボウは天日で半日ほど干します。
 (乾燥させることで若返り成分の“サポニン”を
  凝縮させることができるのだとか!)

3:天日干ししたゴボウをフライパンで10分ほど炒めて
 水分を飛ばします。

4:(3)のゴボウを急須に入れて、お湯を注ぎ、3分経てば飲み頃!
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

サポニン、これが若返りに効くと、毎日欠かさずだそうです。過度の肌の乾燥も収まり、お陰だと言っておりました。

ごぼう茶01312011

彼女の手作りのごぼう茶です。既に冷やしてありました。

そうそう、ごぼうの生命力もすばらしいと、家庭菜園家の彼女の弁です。

飲んだ感想は、あっさりとして、ごぼうの香りがほのかに香り、飲みやすく、おいしい。・・・でした。

ごぼうをお買い求めになられたら、皮を捨てないで、是非お試しを!でした。



ありがとうございました。



クローズアップ現代 「買い物難民」の放送を見て。

クローズアップ現代 「買い物難民」の放送を見て。 


 


見た番組は、上のユーチューブのものとは違いましたが、内容は似たり寄ったりでした。

ロスにすんでいた時、一時買い物難民になっていました。渡米初期に車が無かった短い時期がありました。ロスは、公共交通機関の整備より、ドアーツードア(door to door)、つまり、車社会を選択し、道路網が整備されたということでした。車があれば、敵無しでした。道路は快適、ショッピングモールは、余りかえるほどパーキングスペースは用意され、総て無料でした。これ以上の車社会は無いぞというくらいの充実振りでした。

しかし、ひとたび、車が無ければ、手も足も出ません。居住地は居住の為の家ばかり、映画でご覧のとおりで、一軒の店舗もありません。店舗は、ショッピングエリアにしかありません。

幸い、完全な難民でもありませんでした。若くもあり、住まいが遠くショッピングモールと離れていないのは幸いでしたが、日本の便利さとは、格段の差がありました。一つには、自動販売機もありません。ほとんど何処にもです。壊されて、盗まれるからです。

ニュースを見て、そのひどさに、日本は、ひどい国になったものだと思いました。

一昔前まで、買い物難民と云う言葉は聞いたことがありませんでしたが、いつ頃から出てきた社会問題なのでしょうか。

大きな原因は、近くのお店が止めた。閉店した。そのお店のサービスも無くなった。これが、一番大きな原因らしい。

何故そうなったか。規制緩和政策からだと思う。この規制緩和は、たった4文字だが、原爆ほど、日本の社会構造に打撃を与えた。昔ながらの地域の商店街をシャッター化し廃墟へと追い込みつつある。地方新聞の地方版に小さなスーパーが閉店しましたの記事は、地域住民の便利さに打撃を与えてきた。その打撃は、飛び火し、耐えかねたスーパーが年を追って廃業に追い込まれた。小さな打撃も、今や、大きな打撃に広がった。

若い人よりもお年寄りに、買い物難民の被害は広がっていっている。

政府の理想の社会のビジョンはなんだろう。日々の生活の為にだけ生きている、喘いでいる、多くの日本国民をどう評価するのだろう。

軌道修正はしないのだろうか。人間の欲に基づく市場原理に従うしか、日本活性の道は無いと、更にその方向にこれからも、突っ走っていくのだろうか。

世界有数の経済大国日本、そんな国に、こんな現実があろうとは、信じがたい。

小さな商店、スーパー、が、地域の商店街が甦れる方法は、政府はとっくの昔に、跡形も無く、完全に放棄したのだろうか。

お金持ちが、日本のGNPを支えて、数字だけ上回れば、それでいいのだろうか。

日本人が総サラリーマンなっていけば良いのだろうか。

弱者が強者に対抗できる法整備は無いのだろうか。

弱者が負ける。それは本人の努力不足、この判断は正しいのだろうか。



ありがとうございました。




ネバダ核実験1951年1月27日の日。

ネバダ核実験1951年1月27日の日。

今日が戦後アメリカが核実験を最初にした日として、核兵器反対の日となっているようです。核廃絶の座り込みもされたようです。

あるテレビ番組で、核兵器は不要ではないかとインタビューされた、一人のアメリカ人が言っていました、「攻撃されたらどうするんだ?」 これが多くのアメリカ人の心中だろうと思います。

自分で自分を守る。これが脈々と受け継がれてきた鉄則のようなものだと思います。

日本のように警察力が、世界一と云われる国でも、強盗、殺人は珍しくありません。面積が25.5倍ある国土で、人口は2倍です。警察力の目の届かないところだらけと云って差し支えないと思います。

警察力の届かないところ、近所の目の届かないところで、強盗に入られたら、どうします?素朴な疑問です。西部劇のシーンの様な世界がいっぱいあるわけです。貴方が家族を残して、町に出かけなければならないとすると、貴方は残される妻子に何と言いますか。悪人が来たら、「ここに銃があるから、これで身を守れ。」とは言い残さないでしょうか。

日本でも、銃を持っていたら、殺されたくてもすんだかもしれない殺人事件は最近、増加の傾向にあると思います。

しかし、銃所持を推奨しているわけではありません。アメリカにいた9年弱、銃を所持したことは、幸い一度もありませんでしたし、事件に巻き込まれることもありませんでした。

アメリカの長い歴史が、自分の身と家族は自分で守るという哲学も習慣も出来上がっていることを理解して、その上で未来の話をしないと、話がかみ合うのは難しいのではないかと思います。

アメリカで、銃による殺人事件が起きたら、必ず、新聞に、銃規制についての投稿があります。内容は、決まって、すべきだ、何故出来ないんだ、と書かれます。まるで、アメリカ事情は考慮せず、の、この手の投稿は、力になるとは到底思えません。

相手に届く言葉は、相手を理解し、相手を思いやって、相手の為のアドバイスで、それでも、届くか届かないか50%、50%の確率でしかないかもしれない。

それを日本の事情に当てはめて、日本のように、何故しないんだと云っても、解ってないね、と思われるだけのような気がします。

核廃絶の問題も、銃規制の問題も、根は同じところから出ていると思います。繰り返しになりますが、自分の命は、自分で守る。自分の国は自分で守る。だと思います。

だから、核廃絶とアメリカに向かって、抗議をしても、なかなか、現実問題をクリアできません。しかし、戦争反対なら、何倍の確率で届くはずです。現実に、戦争反対の運動はアメリカで大きく育っているわけですから。

何故広島の人は、戦争反対を言わないで、核廃絶だけ言うのか、同じ広島人、被爆2世としても戸惑いがあります。世界平和が理想で、目的ならば、戦争反対の方が、世界中の人の心に届くと思います。

私は戦争反対です。

攻撃されたらどうするんだと言う議論が必ずあります。貴方の家族が殺されたらどうするんだと、必ず、言われます。もちろん個人レベルでは、絶対に許せない、敵討ちあるのみです。そういう感情に生身の人間ですからなります。しかし、それは、あくまでも個人レベルです。戦争は国のレベルで考えなければなりません。どうでしょう。仕返しすれば、またされ、被害は確実に、更に大きくなります。戦争は、個人のレベル、感情レベルで考えては、絶対にいけない、という事が明白です。

本当に出来るのか?と聞かれたら、解りません。自信があるとは言えません。

しかし、戦争でなくても、事件で肉親を失われた方々は多く居られます。それは、法に乗っ取って粛々と処理されます。まるで、被害者の無念さは無視されるかのように。被害者の方には本当にお気の毒な事だと思います。

難しい問題ですが、もう、2度と先の大戦の二の舞は要りません。

有事に備えるということは、銃を所持するという事と、同じです。銃が不要と言うのならば、有事の備えも要らないという事と同じです。

例外事項は要らない。何があっても、
世界平和!心の真ん中にいつも仕舞っておきたいと思います。



ありがとうございました。











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